昨今発表されているものを見ていると、一つの共通項があるのが分かってくる。それは「ゲームエンジンがゲームを超えて使えることを活用する例が圧倒的に増えている」ということだ。
今回は、その視点からこの数年の発表を見て、ゲームエンジンの価値の変化を考えてみよう。
この記事について
この記事は、毎週月曜日に配信されているメールマガジン『小寺・西田の「マンデーランチビュッフェ」』から、一部を転載したものです。今回の記事は2020年10月19日に配信されたものです。メールマガジン購読(月額660円・税込)の申し込みはこちらから。
ゲームエンジンとはなにか
ゲームエンジンとは、ゲームを開発するために作られた統合開発環境である。ゲーム開発には良く似た技術要素が多い。古くはスコア表示やキャラクター移動のような部分もあるが、特にゲームが大規模化し、UIがマルチウィンドウ的になり、さらに3Dグラフィックスや高度なサウンド制御が必要になると、そこをどう処理するかがポイントになってくる。
大手のゲームメーカーや、独自の技術力をウリにするメーカーの場合には、そうした基礎的な部分も自社の事情に合わせて開発する。10年以上前はそれも多かった。だが、PCやスマートフォンを含めた複数のデバイスへの対応が必要になってきたこと、独自開発のコストをかけて割に合う企業の方が減ったこと、小規模のゲームメーカーが増えたことなどもあって、ゲームエンジンを導入して開発する例の方が多くなっている。
特にシェアが大きいのは、米Unity Technologiesの「Unity」と、米Epic Games「Unreal Engine」。他にも、Amazonが無償提供している「Amazon Lumberyard」(もともとは独Crytekの「CRYENGINE」だが、Amazonはそのライセンス供与を受けている)などがあるが、利用は広がっておらず、実質的にUnityとUnreal Engineの寡占構造といっていい。
映像の世界に浸透する「バーチャルプロダクション」
まあ、ゲームでそういう利用が広がるのはいい。だが、冒頭でも述べたように、ポイントは「もはやゲームエンジンの利用領域はゲームだけではない」ということだ。
最も分かりやすい活用例は、映画における「バーチャルプロダクション」だろう。
次の写真は、1月に開催されたCESのソニーブースで撮影したものである。「ゴーストバスターズ」に出てくる自動車が置かれているだけに見えるが、背景は全て「バーチャルプロダクション」向けの仕組みだ。マイクロLEDによるディスプレイである「Crystal LEDディスプレイシステム」を使い、背景をセットとして作り込むのではなく、3Dデータで表示しているのだ。
映像はカメラの動きに合わせて画角が変わるので、単に書き割りの前で撮影しているのとは違う。CGにはちゃんと奥行きがあるわけで、その表現も活用できる。
グリーンバック合成の手間がなくなる、というのが最も大きな違いだが、それだけでなく、「細かな照り返しなどの再現がしやすい」という特徴もある。この例の場合、「床に水溜りがある」のがポイント。グリーンバック合成だと、ここには「緑の背景」が写ってしまうので細かく合成をかけないと再現できないのだが、この場合には、実際に水溜りを作れば映像が照り返すので、リアルな表現が簡単に実現できる。
ソニーは10月20日からのCEATECのバーチャル展示(動画配信)内でさらなる情報公開を行う。
また、サイバーエージェントも、韓国Samsung製大型LEDウォールディスプレイを導入し、バーチャルプロダクションのためのスタジオ「LED STUDIO」を都内に常設、11月から稼働を開始すると発表している。広告や映像制作などで、こうしたニーズが増えることを見越してのものだ。
バーチャルプロダクションには、当然「リアルタイムに高画質のCGを活用する」技術が必要になる。そこで使われているのがゲームエンジンである。
ソニーの場合、この時にはどこのものを使っているか明言しなかったのだが、その後、Epic Gamesに出資したことを考えると、同社のUnreal Engineを使っていた可能性が高い。
Unreal Engineによるバーチャルプロダクションはすでに多くの作品に使われている。最も有名なのは、Disney+向けに配信されているオリジナル作品「マンダロリアン」だろう。これについては、Epic Gamesがメイキングに関する詳しい情報を公開している。
フォトグラメトリーがCGの活用を変えた
バーチャルプロダクションでは、背景のセットなどを3Dデータで用意する必要がある。そこでは、CG映像を作るために製作したデータなどももちろん使われるが、実際に撮影に使ったセットの一部や屋外の実際の風景などを撮影、そこから3Dデータを生成する「フォトグラメトリー」も活用される。
以下はソニーで取材中に聞いた話である。
2019年に公開された「メン・イン・ブラック:インターナショナル」のプロモーションの際、新しい宣伝用映像を作る必要が出てきたのだという。だが、撮影はとっくに終わった後で、セットなどはもうなくなっている。
そこで、セットをフォトグラメトリーで撮影しておいたCGデータから映像として再現し、バーチャルセットで撮影して宣伝映像を作ったのだそうだ。セットを作り直すのはほぼ不可能だが、CGとしてデータが残っていれば(質感などの面で限定的なものではあるが)再撮影も可能になる。
フォトグラメトリー技術の進化によって、3Dデータの製造と蓄積はかなり容易になった。3Dスキャナーも増えている。質は高いものではないが、それこそ、iPad ProやiPhone 12 Proを持ってくれば3Dスキャンができる時代である。
また、製造段階でCADで作られたデータの活用もできる。
3Dデータが増えてきたこと、そこに「高品質な3Dグラフィックスを比較的簡単に表示する仕組み」としてのゲームエンジンが組み合わせられることで、産業向けのビジュアライゼーションの可能性は大きく広がってきた。
ショールームなどでの活用はもちろん、製造段階でのリアルタイムプレビューなど、活用の幅は広い。
マシンパワーの拡大が「現実のデータを当たり前にCGとして使う」時代を生み出す
過去、そうした使い方をする場合には、「製造やフルクオリティのCG映像を作るためのデータは、リアルタイム表示にはとても使えない」ことが問題とされてきた。
そのため、データの小規模化などのテクノロジーが必要なのだが、「質が落ちるなら作り直す方がいい」時もあり、結局手間がかかって意味がない……という意見があった。
今もその課題はあるのだが、だいぶ状況が変わりつつある。
まずは、マシンパワーが圧倒的に上がってきたのが大きい。
今はそれこそ、30万円程度かければ、リアルタイムレイトレーシングを使った映像が自由に使えるPCを用意できる時代だ。ゲームエンジン側も「巨大なデータを使う産業向けの用途」を考えるようになってきており、小さなデータしか使えない……という話でもなくなってはきた。ちゃんと予算をかければ、もうデータの問題はそこまで怖くない。さらに、2021年の投入が予定されている「Unreal Engine 5」では、従来ゲームエンジンでは全く扱えなかった「映画レベルのデータ」を使い、表現を高度化する仕組みも導入されるという。
しかも、今は「サーバ側でデータを小さくし、モバイルデバイス表示品質を保つ」仕組みも生まれている。米Microsoftの「Azure Remote Rendering」がその代表例だ。
そうすると、こうしたデータをマシンパワーの小さい一体型VR・AR機器でも使えるようになる。
ARやVRでは、UI開発の容易さもあって、ゲームエンジンでの開発が基本になっている。別にゲームアプリが多いからだけでなく、「存在の基本が3D」なのでゲームエンジンとの相性がいいのだ。
そういう機器が増えることも考えると、開発の軸にゲームエンジンを使ったアプリの比率はどんどん高くなっていくことだろう。
マシンパワーやディスプレイの変化によって、3D CGの価値は劇的に高まっている。特別なものではなく、街中で見るサイネージや仕事用の資料に入ってくる可能性も極めて高い。それは昔から想定されていたことではあるが、ようやく「マシンパワー」と「ディスプレイ」、そして「用途」の全てが噛(か)み合った時代がやってきたと考えている。
冒頭で「ゲームエンジンが世界を変えつつある」と書いたのは、こうした全体環境を見ると「必然」と分かるのではないだろうか。
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