マツダは、燃焼制御技術「SPCCI(火花点火制御圧縮着火)」によって、ガソリンエンジンにおける圧縮着火を世界で初めて実用化した新世代ガソリンエンジン、SKYACTIV-Xを搭載するマツダ3を2019年12月5日から発売開始した。
SKYACTIV-Xは、ガソリンエンジンならではの高回転までの伸びのよさと、ディーゼルエンジンの優れた燃費、トルク、応答性といった特徴を融合させ、気持ちのよい走りと優れた環境性能を両立したマツダ独自の新世代ガソリンエンジンだ。
さて、このSKYACTIV-X、長年、実現不可能な夢のエンジンといわれてきたが、マツダがなぜ実現できたのか? それには長年培ってきたロータリーエンジンからのノウハウが生かされたのだという。
ロータリーエンジンとSKYACTIV-X、2つのエンジンに関係性について、自動車テクノロジーライターの高根英幸氏が解説する。
文/高根英幸
写真/ベストカー編集部 ベストカーWEB編集部
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SKYACTIV-Xの発売が遅れた理由
マツダ3の大本命、SKYACTIV-Xが2019年12月5日に発売された。 当初10月の発売が予定されていた。こうした新車投入時の初動の鈍さは、このパワーユニットの登場を待って、従来のパワーユニットであるSKYACTIV-GやD(2019年5月発売)と見比べてから購入しようとした消費者の影響が大きいのは間違いない。
当初予想されていたよりも価格(価格は319万8148円~368万8463円)が高くなってしまった理由については、すでに別稿で解説しているのでここでは割愛させていただく。
【はたして元は取れるのか?】約68万円高い夢のマツダ3 SKYACTIV-Xを買う意味
価格も大事だが、新車発表と同時に看板商品を用意できなかったのは商品力のインパクトに欠けるから、苦戦も免れないのは当然だったともいえる。
発売が遅れたのは、当初レギュラーガソリン仕様だった日本仕様をハイオクガソリンにも対応するために改良したからだ。
それも実際の改良作業だけでなく、エンジンの仕様を変更するとクルマの新規登録に必要な、国土交通省の型式認証も申請し直して審査を受ける必要がある。この型式認証の審査に1ヵ月以上かかるため、SKYACTIV-Xだけ発売が最近までズレ込んでしまったのだった。
ちなみに型式認定という制度について、ご存知ない方のために簡単に説明すると、これは新車を登録してナンバープレートを交付してもらう際の車体の検査を省略して、クルマを持ち込んで検査しなくても書類だけの提出でナンバープレートを交付してもらうためのものだ。
予めクルマの仕様を均一にして、道路運送車両法など保安基準に適合していることを証明して、車両の型式指定を受けるのである。
車両の型式がないと陸運支局に新車を1台1台すべて持ち込んで検査してもらう作業が必要になり、ディーラーも陸運支局も膨大な手間が増えてパンクしてしまう。
型式認証が日本の新車販売に必要な制度であると同時に、3年前に問題となった完成車検査問題を覚えているだろうか。
あの完成車検査も、この型式認証を有効にするために必要な検査なのだ。日本の生産工場で組み立てられたクルマが、メーカー自ら設けた高い品質基準に合致していないハズがないのだが、制度として利用している以上、踏まなければいけない手順や手続きを省略してはいけないのである。
従来のエンジンとは格段に難しい2種類のガソリンへの対応
さて、レギュラー専用仕様からハイオクガソリンも使える仕様への変更について、話を戻そう。
これは従来のガソリンエンジンであれば、開発エンジニアにとってはなんてことはない作業である。
点火タイミングのマップを拡大し、ノックセンサーによってフィードバック制御(出てきた結果から判断して、入力するデータを変更して正しい方向へと調整する制御方法)を行なうことで対応させている。
ところがSKYACTIV-Xの場合、アイドリング近辺と4500rpm以上の回転域では従来の火花点火で燃焼を制御するが、それ以外の常用回転域ではSPCCI(火花点火制御式圧縮着火)で燃焼しているため、燃焼速度が火花点火と比べ、格段に速い。
いくらプラグ点火を燃焼のきっかけに利用しているといっても、わずかでも狂えば狙った通りの燃焼にならずスムーズな運転にはならないばかりか、加速不良や燃費低下、最悪の場合エンジンブローにつながる可能性すらある。
何しろ、従来のガソリンエンジンで言えばSPCCIはノッキングしている状態なのだ。それを避けるのではなく、制御して狙った通りに圧縮着火させるのだから、制御のレベルが段違いに難しいのは誰でも想像できる。
ロータリーで苦労した点火制御がSKYACTIV-X開発で役立った
そんなSKYACTIV-Xの開発について、先代アクセラの開発主査で、現在は商品本部長の猿渡健一郎氏から、意外な裏話が聞けた。
「欧州では一般的に95オクタン以下のガソリンが給油される可能性はないため、自然とハイオクガソリン仕様になっています。日本でも熱効率を求めればハイオクガソリンを使いたいんです(日本はおおよそレギュラーが91オクタン、ハイオクが100オクタン)。
しかしレギュラーガソリンを使いたいユーザーもいます。そのため圧縮比は15.0のままで、ハイオクに対応する仕様を開発することになったので、時間が掛かってしまいました。
実はハイオクでも16.3でやるより15.0でやったほうが、欧州仕様と比べた時に低開度から全負荷にかけてのつながりがよくなるのです。
低開度から全負荷につないでいく時に、うまくトルクを出しつつ、燃費をよくしたい。いろんなつながりをよくできるので、あえて16.3にせず、15.0にしました 」。
ところが、両方のガソリンに対応することで、開発のハードルは大きく上がってしまった。前述の通り、圧縮着火のトリガーとなる点火のタイミングがシビアなSPCCIでは、オクタン価の違いは制御に大きな影響を与える。
しかも実際にはハイオクとレギュラーが混ざった状態での使用も考えられる。ということは点火マップは物凄く幅広いものになっているのでは、と尋ねてみた。
「実はロータリーエンジンを開発するなかで培ったノウハウが、ここに活かされています」。
レシプロエンジンと異なり、吸排気バルブのないロータリーエンジンには、制御因子が点火時期とスロットルバルブ開度くらいしか存在しない。そんななかでスロットル・バイ・ワイヤが確立していなかった時代は、点火による制御が重要だったのだ。
ロータリーエンジンが1ローターあたり2本のプラグをもつのは、燃焼室が周方向に長く火炎伝播(点火から混合気全体への燃焼の伝わり具合)が難しいからだ。
しかし、単純に2箇所で点火するだけでなく、燃焼室が移動していくことも考えて点火を制御すれば、燃焼の状態をより緻密に制御できる可能性もある。
CAE(コンピュータ上で仮想の試験を行なうシミュレーション)も十分でない当時から、パワーと燃費を追求し、排ガス規制をクリアするために悪戦苦闘してきたロータリー開発エンジニアはこの時、試行錯誤によって膨大なノウハウを手に入れていたのであろう。
「ミスターエンジン」と呼ばれる人見光夫常務執行役員からは、SKYACTIV-Xの開発には、SKYACTIV-Dで培った圧縮着火のノウハウが活かされているとも聞いた。ディーゼルエンジンはそもそも圧縮着火だ。正確には圧縮して高温高圧になった空気中に軽油を噴射することで自己着火させる。
ガソリンは自己着火しにくいため、ディーゼルの軽油のように噴射するそばから燃焼してくれないから、燃料噴射によって燃焼のタイミングを調整することは難しい。
それだけにSPCCI(火花点火制御圧縮着火)のスーパーリーンバーンは、薄い混合気を作って高圧縮しておいて、プラグ周辺に濃い混合気を作って点火させ、瞬時に高まった圧力によって、一気に全体を燃焼させる方法を選択したのだ。
しかしSKYACTIV-Dも、尿素水を用いるSCR触媒を使わずに排ガス規制をクリアするために、燃料噴射とEGRくらいしか制御因子がない状況で、工夫と制御の熟成を続けて、ここまでモノにした。
つまりSKYACTIV-Xは、SKYACTIV-Dをやってきたエンジニア、ロータリーをやってきたエンジニアが、持てるノウハウを注ぎ込んで開発に挑み、完成させた夢のエンジンなのである。
SKYACTIV-Xは、ガソリンと空気の混合気を圧縮して自己着火させるHCCI(予混合圧縮着火)を、SPCCIとして世界で初めて実用化したエンジンだ。
SPCCIの概念自体はSKYACTIV-X以前に存在していたというが、やはりロータリーエンジンを実用化させたマツダでしか実現することができなかった、独創的なパワーユニットであることがお分かりいただけただろうか。
来年で100周年を迎えるマツダのエンジン技術の集大成、それがSKYACTIV-Xなのである。
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December 30, 2019 at 09:00AM
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