写真:西田香織
大学院で3Dプリンタを使った義手の開発に取り組む気鋭のクリエイター、小笠原佑樹さん。
高専時代、各種コンテストで数々の実績を上げてきた彼は「デザイン」の世界と出会い、思考が大きく転換した。
「エンジニアリングだけしか知らない僕は、人に使ってもらうことを前提に考えてこなかった」
独学で得た視点を重ね、見えてきたデザインエンジニアリングの世界とは。
小笠原:これ、3Dプリンタで出力した完全一体成形のロボットハンドです。僕が所属している東大の研究室で最近手がけたものです。
3Dプリンタから、この形のまま出てきます。ネジやバネはないので、部品探しや仕入れ、保管のコストも要らない。サイズ変更も数秒で、うんと安く済む。
この完全一体成形の製造手法を取り入れて、新しい義手やロボットハンドを作る研究を始めています。
本当は、大人も子どももジャストサイズの義手をつけられたらいいですよね。でも費用はひとつ百万〜数百万円もする。大人は2〜3種類から自分の手の大きさに近いものを選んで使っていますが、子どもは使っている間に、身体のサイズと義手のサイズが合わなくなってしまう。
今はひとつの義手にいろんな素材の部品が使われてますが、完全一体成形なら1種類の素材で部品も使いません。構造を工夫すれば、本来は硬い樹脂材料でもゴムのような柔らかさを再現したり、ばね鋼のような弾力性も再現できる。
完全一体成型の義手が実現したら、値段を気にせずジャストサイズを注文できる日が来るかもしれません。
「マス」よりも目の前の誰か
—— 高専時代に初めて義手を作ったんですよね。
小笠原:そうです。3Dプリンタでファッショナブルな義手を作っていたexiii(イクシー)という会社に高専5年からインターンで入って、卒業研究で義手を作りました。
もともと、誰かの役に立つものを作りたいと、高専の医療福祉工学のコースに入ったんです。
工学系は基本的に不特定多数の人たち、「マス」に広く影響を及ぼすことを期待された開発や研究が多いんですね。だけど僕は「マス」向けのものより、本当に困っている目の前の人にフルコミットしたかった。
そんなとき、尹祐根(ユン・ウグン)さんというエンジニアが、ある車椅子の人のために作ったロボットアームを紹介するテレビ番組を見たんです。当事者に向き合って制作しているのが印象的でした。僕も彼のようなものづくりのスタイルがいいなと思いました。
デザインを学ぶことで得た視点
exiiiでは、プロダクトデザイナーの小西哲哉さんたちと仕事をする中で、デザインの知識をたくさん学びました。特に、3DプリントドローンX VEIN(=下写真)の開発プロジェクトを一緒にやったことで、「デザインの力」を目の当たりにしました。どんなに優れた技術を盛り込んでもデザインがよくなけば注目されない。でもデザインがいいと、それなりの技術でも注目してもらえる、という現実です。
僕はエンジニアリングしかやってこなかった。デザインの視点で考えたことなんてなかった。ここで初めてそう気づいたんです。
—— 「デザイン」と「エンジニアリング」の視点の違いは?
エンジニアリングの視点も大事なんですが、そこだけ磨いても、ユーザーにとって本当に必要なものに行き着かないんですよ。技術を使いこなすことには長けるんですが、課題の抽出、それを解決するソリューションには届かない。
だから技術だけでゴリゴリに作ったものは、使いづらいことがよくある。
対して「デザイン」の考え方は、共感から始まり、当事者の話を聞きながら、彼らのニーズは、どんな背景や環境から生じているのかを把握するところから始まります。
「こういうのが欲しい」「こういうのが使いづらい」と、彼らがなんとなくつぶやく望みや不満を文字通り受けとるだけでは、本当のニーズは見えてこない。話を聞きながら、本人も気づいていない課題、メッセージ、SOSを読み取ってインサイトを得る。とても難しい作業です。
人に使ってもらうために本当に必要なものはなんだろう。どんなものなら使いたいと思うのか。技術だけでなく、エモーショナルな部分も加味した設計が欠かせませんし、その過程も美しいと思います。
デザインを深めようと独学を始めました。展覧会に通ったり、デザインの手法を調べたり。そのうち、気にも留めなかった風景が、意味を持つようになりました。
たとえば車の内装。いろんなパーツの全てのラインが整っていて、かつ美しいと思えるような曲線に統一されている。線の引き方ひとつとっても、表現が込められている。「この完成度はすごいな」と感じられるようになりました。
「なんでもできるは、なんにもできない」
—— 身に着けたデザインの考え方を、どう生かしたんですか?
exiiiから「Mission ARM Japan」という上肢障害の人などで構成されるNPO法人に移った時、片腕のないメンバーから「こういう義手がほしい」と制作を頼まれました。そのとき「何に困っていて、どういう世界を望んでいるんだろう」「どういう自分になりたいんだろう」とじっくり聞いたんですね。そこからインサイトが見えてきました。
ひとつは「腕がないことは、ひとつの個性であるということ。「上肢障害はネガティブな面だけではないと伝えたい」と話していました。
もうひとつは、「軽くて、もっと簡単に操作できて、しっかり使える義手がほしい」。
彼が求めていたのは、直感的に使える操作性と、最低限のものがつかめる軽い義手でした。「なんでもできる義手」を欲しがっているわけではない。そこでガツンと衝撃を受けました。「そうか、要らないんだ」と。
これは要らない、これも要らない、要らない、と機能をどんどん削ぎ落としていきました。
高専時代の恩師が教えてくれた言葉に「なんでもできるは、なんにもできない」というのがあって。僕、これ名言だと思ってます。
なんでも動くものを作ろうと機能を盛り込みすぎると、操作が煩わしくなってめちゃくちゃ使いづらくなる。
スマホで細かく操作を登録できても、パッと使いたいときに使えない。いろんな機能を載せると重くなって「そもそも着けたくない」という本末転倒な気持ちになる。
実際、義手の使用中断の理由に多いのが「義手の重さ」なんです。どれだけいいものを作っても、1~2時間で疲れて、結局外してしまう。ならば最初から持っていかないほうがいい、となってしまう。
ものを掴むのに必要なもの。「肉じゃん!」
エンジニアは、「何でもできるもの」を作りたがる傾向があります。方向性は間違っていないし、そういう義手が将来出てくるでしょう。
だけど、片手のない人たちは、日常動作の95%を片手でできてしまうんです。彼らが本当に必要なのは、残りの手と同レベルの動作ができる義手ではなく、片手だとできない残り5%の動作を補う義手や、今できる95%の動作をサポートしてくれる機能がある義手なんです。
一方、デザイナーは当事者のニーズを起点にその時々の最適を追求する。どういうものなら、いまの当事者にとってベストな機能性、操作性を実現できるのか。細かくヒアリングしながら、突き止めた一つの形がこの義手です。
当事者からみた機能性を突き詰める過程で、あることに気づきました。
指を曲げると、指の腹の部分の肉が関節に押されて盛り上がりますよね。見てもらえますか?
義手は、こういう肉の盛り上がりがないんですよ。だから、義手のまま何か硬いモノを持とうとすると、モノと硬い質感の義手が接触する部分は点なんですよ。だからモノを安定してつかむことが非常に難しい。
人の指だとどうなるか。
——皮膚が、モチャっと盛り上がりますよね。
そう。モチャッと盛り上がって、モノとの接着が点ではなく、面になるんですよ。モノの表面に接着する皮膚の面積が広いほど摩擦が増える。だから軽い力でモノをつかめるようになってるんです。
いろんな義手やロボットハンドを見てきて、こんなにモノをつかみづらいのはなぜなのかと思っていたんです。自分の手と義手を見比べているうちに気づいた。「肉じゃん!」って(笑)。
指先にグリップを付けて滑りにくくした義手は以前からあったんですが、それだけでは、安定感を持つてモノをつかむには不十分なんですね。どこか支えを増やす必要がある。
そこで目を付けたのが「指尖球」(しせんきゅう)です。親指をのぞく4本の指の付け根(上写真のD部分)をさします。指を曲げると、ここの肉が盛り上がるの、わかりますか?
この「指尖球」を義手にも再現してみました。「指先」「親指」「指尖球」の三方向から力が加わるので、細いものを持つのも安定感が出てきます。こういう工夫は、エンジニアリングの力が発揮される部分ですね。
知識は思考を乗算的に拡大させる
デザイナーとエンジニアは、もともと別々に仕事をしてきた専門職です。その価値観の違いから、時には対立しながら互いにコミュニケーションをとって、ものをつくってきました。
でも、1人の人間が、両方の知識をベースに持てたら?
デザイナーとエンジニアが別々に存在する中で生み出されたものと比べ、クオリティや基礎設計に飛躍的な差が生まれてくると思います。
「知識は思考を乗算的に拡大させる」
デザインの世界を知ってから、その言葉の意味をよりかみしめるようになりました。
小笠原佑樹(おがさわら・ゆうき):1995年生まれのデザインエンジニア。「小笠原設計事務所」代表、東大大学院学際情報学府先端表現情報学コース在籍。東京都立産業技術高等専門学校に入学後RoboCupJunior、高専プロコンなど様々な大会に出場。2015年「全日本学生室内飛行ロボットコンテスト」マルチコプター部門で優勝。16年、日本機械学会第22回卒業研究コンテストで「馴染み機構を用いた人型ハンドの開発」が優秀賞。同年、埼玉大に編入後、「小笠原設計事務所」を立ち上げ、プロダクトの設計開発を主とした受託事業を開始。代表作品に、ファッション性に特化したカスタマイズ義手Claffinやジェネレーティブデザインを活用した3DプリントドローンX VEIN等。
取材・編集:錦光山雅子 構成:川崎絵美 写真:西田香織
"Torus (トーラス) by ABEJA"より転載(2020年1月10日公開)
Torus by ABEJAとは:AIの社会実装を手がけるスタートアップABEJAのオウンドメディア。「テクノロジー化する時代に、あえて人を見る」をコンセプトに、さまざまな人の物語を紡いでいきます。
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