「2019年4月、超機密プロジェクトがあるので協力してもらえないかと、nendoさんにお声がけいただいたのが始まりです」それは、上下2段、計10枚の外装パネルが花びらのように開き、太陽をコンセプトとする球体の中心に火が灯る、東京2020オリンピック・パラリンピック(以下、東京五輪)の聖火台を製作するプロジェクトだった。 【Penクリエイター・アワード 武井祥平 プロジェクト一覧】 nendoがデザインし、世界を驚かせた聖火台のスムーズな動きを実現したのが、機構設計を担当したエンジニアの武井祥平と、超高精度のアルミ材加工を担ったトヨタ自動車を中心とする企業の技術力だった。最初に武井に示されたのは、球体とパネルが開いた時のかたち。検証と改善を重ねて開閉の動きを実現した設計力が、今回のアワード受賞の理由である。 「回転軸を組み合わせて聖火台のそれぞれのパネルを動かすわけですが、内部に入れる機構が多ければ多いほど動きが複雑になります。しかし実際には、メカを入れられるスペースはとても限られている。球体が開き、それがまた閉じて球体となるためには、あらゆる要素の検証が必要でした」 コンピューター上でシミュレーションを重ね、モックアップを製作し実験まで行うのだが、実寸でパネルを製造し、モーターを実装してみるとわずかな誤差が生じる。 通常であれば機構のデザインに振り幅をもたせ、さまざまな可能性に対応するのだが、「これだけ複雑に動く“攻めた”プランだと、バッファーをもたせられません。検証を重ねるうちに、すべての条件をクリアしなければ実現できないことがわかりました。また、無事に動いたとしても、パネルを極限まで軽量化しないと静かでなめらかな動きにならず、そこから生まれるはずの表現が損なわれてしまう恐れがありました」 ここで出てきた「表現」という言葉が、武井のアイデンティティを成す重要な要素だ。
身近なものを組み合わせ、自分なりの“表現”を生む
工場の機械の動きを司る制御盤の製造を生業とする両親のもとに生まれ、地元岐阜県の工業高等専門学校で電気工学を学んだ武井。人の意識が深く関わるVRを研究していた流れで、卒業後は大学に編入学し、心理学を専攻した。それまで受けてきた理系の授業ではなく、社会学や建築、美学など文系科目を含むさまざまな講義を受けたことで興味の対象が広がった。 「建築や芸術には、あらゆる要素が入っていると感じました。生活や宗教、社会などはもちろんですし、自分のバックグラウンドにあるエンジニアリングもです。工学という立脚点から建築や芸術にどうアプローチできるかを考え、空間づくりに携わる会社に就職したのですが、やはりまだ知識が足りないと思い、東京大学の大学院に入学し先端表現情報学コースで研究しました。このあたりで、自分がやりたかったことは“表現”だったんだと意識し始めたのです」 大学院修了前に制作し、表現の出発点となったのが『MorPhys(モルフィス)』だ。容積を変えながら空間を移動させるシステムができないかという考えを発端とし、棒が伸び縮みすることで空間が形を変えるロボットを完成させた。使用した材料は、市販の巻尺18個とモーター、そしてマジックテープといった面ファスナー。 「最先端の技術を使ってなにかをつくるよりも、どこにでもあるものを組み合わせて、誰も見たことのないものをつくることに面白さを感じます。『MorPhys』が完成した時には、身近にあるものを使い、これまでになかった印象を生み出せたと感じました」 「表現」とともに武井が大事にしている言葉が、「印象」だ。東京五輪の聖火台でも、モーターや歯車などの構成要素をできる限り小さくし、目立ちにくい位置関係で配置するなど細部の工夫を重ねることで、機構に目が向かわないようにした。 「印象をつくっているということを意識しています。人は作品を目の前にすると、頭の中に自然とその印象が浮かび上がる。その一瞬で生まれる印象を大切に、仕組みをつくるのが自分の仕事ですね」 東京五輪では、オリンピック開会式もパラリンピック閉会式も、つつがなく聖火台が作動し、人々の感動を呼んだ。 「小学生の頃にプログラミングの本とパソコンを親から借りて、ものづくりをしていました。プログラム通りにモニター上のものが動くとすごくうれしかったんですね。その感覚はいまも変わっていないのかもしれない。狙い通りに何かが動いた時には、自分の力が拡張してすごい力を得たような感覚になりますから」
写真:齋藤誠一 文:中島良平
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