“電気自動車(EV)”シフトに走ってきた欧州で、異変が起きている。パワートレーン国際会議「アーヘンコロキウム(Aachen Colloquium)」で、欧州メーカーがエンジンの熱効率を高める成果を続々と発表した。コラム「エンジン完全燃焼」で連載する自動車エンジンの専門家が、欧州を中心とした世界のパワートレーン開発の最新動向を読み解く。(日経 xTECH編集部)
自動車業界で働く知り合いのドイツ人が最近、嘆いていた。彼の妻が環境活動家のグレタ・トゥンベリさんにいたく共感し、「あなたはなぜ環境に良くないクルマ関係の仕事をしているの?」と、家で非難されているというのだ。妻は買ったばかりのクルマ(エンジン車)を売り払い、シャワーを毎日浴びなくなった。
彼によると自分の妻が特別なわけではないようで、ドイツで多くの女性がグレタさんの訴えに共感し、行動し始めているという。
欧州でエンジン車が悪者になっている――。
日本にいると気づきにくいが、欧州でエンジン車離れが加速している。背景にあると思えるのが、彼の妻と同じ考えの人が想像以上に多く、そして急速に広がっていることだ。グレタさんが脚光を浴びるのは、そんな人たちの考えが社会で顕在化し始めたことを象徴する。
二酸化炭素(CO2)を中心とした温暖化ガス(GHG)の増加が地球環境に大きく影響していることは疑う余地がないし、気候変動が一因とされる悲惨な自然災害が世界中で発生している。
悪者として逆風にさらされる欧州の自動車業界は、この最近ずっと、電動化、特に電気自動車(EV)の開発にまい進してきた。
この1年で、欧州乗用車市場に占めるディーゼル乗用車のシェアが40%から約28%に激減した。乗用車からディーゼルエンジンが消える勢いである。ディーゼルエンジンの砦(とりで)である大型商用車についても、この1年で燃料電池車(FCEV)の開発が加速し始めた。ディーゼルエンジンは、風前の灯なのか。
ガソリンエンジン車も、例外ではないように思える。欧州各国が2030年、2040年に純内燃機関車の新車販売禁止、欧州完成車メーカー(OEM)がEV、プラグインハイブリッド車(PHEV)、FCEVの販売増強を公言している。加えて、ノルウェーを中心にEV市場が急拡大している。
エンジンは終焉(しゅうえん)を待つばかりか。そんな気持ちになりそうな中、ドイツで毎年10⽉に開催されるパワートレーン国際会議「アーヘンコロキウム(Aachen Colloquium)」を訪れたところ、なんだか⾵向きが変わり始めていた。
欧州勢がエンジン熱効率向上にかじを切る
今年のアーヘンで驚いたことが2つある。
1つが、欧州の大手部品メーカーやエンジニアリング会社が、エンジンの最大正味熱効率(BTE:Brake Thermal Efficiency)の向上に力を注ぎ始めたことだ。45%とか50%とか、数値目標が飛び交い始めた。
「EVシフト」に走っていた欧州で、エンジンのBTEに着目した議論は記憶にない。
部品メーカーにとどまらず、ドイツのOEMであるフォルクスワーゲン(Volkswagen)やオペル(Opel)もBTEの向上を意識していると明かす。
発表では「スーパー希薄燃焼(リーンバーン)」ならぬ「ウルトラリーンバーン」という表現まで使って、欧州OEMが好きではなかった希薄燃焼の研究例がいくつも報告されていた。かなり驚いた。
今まで欧州は「アウトバーン」で快適に走れるように、クルマのパワーを重視してきた。ドイツ・ダイムラー(Daimler)のように一部が希薄燃焼エンジンを投入した例はあるが、基本的にパワーアップにつながらない希薄燃焼は好きではないはずである。もっとも正味熱効率で45%以上を狙うなら、希薄燃焼は必須だが。
例えば、エンジニアリング大手のドイツFEVは、可変圧縮比とロングストローク(長行程)の技術に加えて、アクティブ方式のプレチャンバー(予備燃焼室)点火技術を用いて空気過剰率(λ)が2.0の希薄な混合気を燃焼し、BTEで48%に達成したと発表した。
エンジニアリング大手の英リカルド(Ricardo)と中国・吉利汽車(Geely)は、圧縮比を17に高めた上で水噴射技術や強力コロナ点火技術などを駆使して、BTEで45%を達成したという。
ドイツ部品メーカーのマーレ(Mahle)は、プレチャンバー技術を使うことで空気過剰率(λ)が1.9の希薄な混合気を燃焼し、BTEで42.5%に達した。
さらに、サウジアラビアの国営石油会社サウジアラムコ(Saudi Aramco)は、直噴ガソリンエンジンで自着火方式の希薄燃焼コンセプト「GDCI」を提唱し、BTEで50%に達成したと発表した。アーヘンコロキウムの冒頭で講演したマツダの新しい量産ガソリンエンジン「スカイアクティブX」も自着火方式の希薄燃焼だ。
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