Thursday, June 1, 2023

さらば100万キロのエンジン - nhk.or.jp

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走行距離100万キロを超えてもビクともしない車のエンジンがあった。持ち主は車が動かなくなるまで走り続けると意気込んでいたが、その日は突然やってきた。

(NHK松山放送局 宇和島支局 山下文子)

その持ち主は高松市在住で20年のキャリアがある鉄道カメラマン、坪内政美さん(48歳)である。
平成9年製で排気量2500ccの日産セドリックに16年間乗り続けている。
幼い頃から刑事ドラマに憧れ、スーツ姿で全国各地へ車で移動して鉄道を撮影する姿はその筋の人たちの間では有名だ。

走行距離が100万キロを超えたのはことし1月だった。
メーカー側も想定していなかったためだろうか。
メーターの表示は99万9999キロを示したまま動かなくなったが、確かに100万キロを達成したとして地元の香川県のディーラーから表彰された。

その日は突然やってきた

「限界まで走り続ける」と宣言した坪内さんは、距離をリセットできるトリップメーターで記録しながら相棒との旅を続けた。
しかし、3月半ば。
撮影先の石川県から四国へ帰る道中、エンジンからけたたましい音が鳴ったのである。
それはまるで愛車の悲鳴に聞こえたという。

「突然、プロペラ機みたいな音がし始めたんですよ。100万キロを突破してからも順調に走ってくれてたんですけどね、本当はもう満身創痍だったのかな。石川県から香川県までようがんばって帰ってこれたなと思いますよ」

長年、この車を整備してきた整備士の中島明巳さん(62歳)はエンジンの状態を見てこう提案せざるをえなかった。

「音を聞いてこれはもうエンジン内部だなと思いました。原因を探るにはエンジンを分解してそれからオーバーホールするしかない。しかし、費用的に考えると、中古のエンジンを探してそれを載せ替えるというのが一番現実的ではないかと坪内さんに提案しました」

16年間、苦楽をともにしたエンジンを手放さなければならない。
苦渋の決断以外の何ものでもなかった。
何とかしてこのエンジンを再び動かすことはできないものか。
坪内さんは返事に悩み、数日間沈黙したという。

しかしこうも思った。
「心臓部であるエンジンを載せ替えれば、まだまだこの車に乗り続けることはできる」
経年劣化している部分はあるものの、修理を重ねてきた車との絆は深い。
考え抜いた末、ついに100万キロのエンジンに別れを告げることにした。
総走行距離は102万キロであった。

100万キロのエンジンを交換する

エンジンカバーを外し、エンジンにつながれたチューブやホースが丁寧に取り外されていく。
メカニックの技術を伝承しようと作業はベテランから整備歴7年の若手に託された
エンジン交換は経験したことがあるものの、持ち主が並ならぬ愛情を注いだ車であるだけにプレッシャーは大きかったという。

工藤竜典さん(27歳)

「この時代に製造された車は高級車なので本当にエンジンも強く、走行距離100万キロは本当に当時の技術力のたまものだと思う。もう手に入らない部品もあるので、作業は慎重にしていきたい」

そして、ついに100万キロのエンジンの全貌が現れた。
坪内さんも整備工場にいた。どんな状態なのか、自身の目で見たかったのだという。
その姿は地球25周分を駆け抜けたとは思えないほど汚れもさびもないではないか。
エンジンのバルブを開閉するカムもシャフトもまったく傷みは見られなかった。

「きれいですね。よく整備してもらってきたと思いますが、こんなにきれいなんですね。これがずっと私の走りについてきてくれたと思うと感無量です。愛おしいですよ。もうちょっといっしょに走りたかった」

取り外されたエンジンは日産本社が研究のために寄贈してほしいと願い出たという。
「それでは新しいエンジンを提供してくれるのか」と思ったがそうではなかった。
急きょ26年も前の車と同型のエンジンを探すことになり、難航が予想された。
古い車は部品の確保が極めて困難だとはよく聞く話だ。

しかし、である。

(整備士 中島さん)
「運良く数週間ほどで、走行距離が7万キロの中古のエンジンが1コ見つかったんです。いろいろ業者をあたってみましたが、こんなに早く見つかるとは思わなかったです」

エンジンの故障も新たなエンジンとの出会いもすべては巡り合わせだ。
坪内さんのエンジンはまるで意思があるかのようだ。
100万キロを走りきって自分の役目を終えたかのように力尽きたのかもしれない。

生まれ変わった相棒と

夏も近づいてきた5月下旬。
新たなエンジンを載せた愛車の引き渡しの日がやってきた。
キーを差し込み、セルモーターを回す。
軽やかなエンジン音が響き渡ると坪内さんも「おお」と感嘆の声を上げた。

積み替えた“新”エンジン

(坪内さん)
「息を吹き返しましたね。すごい静か。エンジンを触っても余計な振動もないし、カタカタという音もしないし」

工藤さんは、載せ替えたエンジンが始動するか不安もあったという。
エンジンと車には相性がある。
小さな部品一つが欠けても、不具合につながることからエンジンの載せ替え作業は細心の注意が必要だという。
オーナーが長距離、長時間車に寄り添ってきた車だからこそ、その思いに応えようと若き整備士は必死だった。

(整備士 工藤さん)
「一度エンジンを組んで積んだ後に、もし不具合が出たらまた分解しなくてはならない。ゴムやプラスチックの劣化もありましたがもう手に入らないかもしれない貴重な部分だったりするので気を遣いましたね。ここまで作業したので最後の最後までお付き合いする覚悟です」

予土線の「鉄道ホビートレイン」と

一生に一台、ここまで愛せる車に出会えるとは坪内さん自身も想像していなかったという。
整備や修理にかかった費用を考えると、新車をもう一台買うことができるほどだったのではなかろうか。
しかし、それでも乗り続けるという車への情愛は、本当の相棒だからこそ抱けるのかもしれない。

(坪内さん)
「100万キロのエンジンは、日産本社で次の世代の新しい車を生み出すための研究に使われると聞いています。日本の自動車技術の傑作とも言えるエンジンだと思うので本望です。また、新たなエンジンとともに長いお付き合いをしていきたいですね」

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