東洋工業(現・マツダ)がNSU社とライセンス契約を交わし1961年から研究開発を始めたロータリーエンジン。1951年にフェリックス・ヴァンケル博士が発明したもので、「夢のエンジン」とまで言われたが、実際には未完成なものだった。当時の松田恒次社長に社運をかけたロータリーエンジンの開発を託されたのが、気鋭のエンジニア山本健一氏だった。この連載ではその開発過程から1991年のマツダ787Bによるル・マン24時間制覇までを、マツダOBの小早川隆治さんの話に基づいて辿ってみる。
ロータリー四十七士の合言葉は「寝ても覚めても」
前途多難が予想される中でのロータリーエンジン開発が始まったが、開発の道のりは険しかった。なにしろ著名な学者が「ロータリーエンジンは絶対に不可能だ」という烙印を押したほどだったのだ。「そういう評価は、社内はもちろん山本さんにとっても非常に大きなインパクトになったでしょう。しかしそれがあったから、なにくそという思いにもなられったかもしれませんね。もちろんロータリーエンジンというのはそんな簡単なものじゃないということを山本さんも十分認識をされていたはずです」
山本健一さんを中心としたRE研究部で、試作したロータリーエンジンをテストしてみると、案の定というべきか、難題が山積みとなった。以下の3点はその中でも代表的な問題だった。ひとつ目はチャターマークといって、ローターハウジングに波状摩耗ができてしまう問題で、これは「悪魔の爪痕」と呼ばれた。2つ目は燃焼室にオイルが入り、それが燃えて排気管から煙がもうもうと出る「カチカチ山」と呼ばれる問題。 3つ目が当初ペリフェラルポートを採用していたため低回転で吸排気ポートのオーバーラップが大きく不正燃焼が起こることに起因した「電気あんま」と呼ばれた振動問題だ。
「山本さんの『寝ても覚めても』という言葉を合い言葉にしてRE研究部のメンバーがみんな必死になって問題に取り組みました」と小早川さんは言う。
「悪魔の爪痕」は アペックスシールとハウシジングの摩擦でできる波状摩耗だった。またアペックスシール自体の耐摩耗性の問題もあった。その鍵を握ったのがアペックスシールの材質だった。「マツダがライセンス契約するとき、NSU社はエンジンを一定の高回転で回して、こんなに振動が少ないでしょう」と言っていた。
でも、いざマツダで試作エンジンをテストしてみると大変でした。いろいろなテストをやりましたが、単に高回転で回すだけなら、そんなに問題はないのですが、実際の走行のように回転数を変化させることによって問題が発生する。アペックスシールの材料としては牛の骨から貴金属までといわれるくらい、いろいろな材料を試したのですが解決できない。
そんな中で山本さんは、アペックスシールの固有振動数に起因したトラブルではないかと思いつき、アペックスシールに縦と横に穴を開けるクロスホローという解決策を考えました。アペックスシールの固有振動数を変えるためです」これがチャターマークの解決の端緒となった。
クロスホローにしたアペックスシールは、300時間くらいエンジンを稼働させても問題が起こらず、「NSUにそれを持って行って、テストを勧めた結果、現地の技術者も脱帽したと聞いています」大いに留飲を下げるところだが、山本さんを含めRE研究部のメンバーは、それでは満足しなかった。
「クロスホローアペックスシールで生産に入ったのではなくて、カーボンシールの採用まで進めたというのは非常に良かったと思います」と小早川さんは振り返る。その頃、日本カーボンが特殊なカーボンパウダーを開発、マツダはさっそく日本カーボンと手を組んだ。そこでも苦労しつつ、カーボンパウダーにアルミを含浸させるという技術が完成。このカーボンシールによりチャターマークがまったく出なくなったのだ。(取材・文/飯嶋洋治)
参考文献:「マツダ・ロータリーエンジンの歴史(GP企画センター編/グランプリ出版)」
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April 06, 2020 at 10:19AM
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【山本健一とロータリーエンジン】最初の敵はハウジングに発生する「悪魔の爪痕」だった[第2回] - motormagazine.co.jp
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