Thursday, July 2, 2020

F1の燃焼技術「プレチャンバー」をまさかマセラティが出してくるとは!新3.0ℓV6ターボエンジンのプレチャンバー技術を読み解いてみる - MotorFan[モーターファン]

  • 2020/07/03
  • Motor Fan illustrated編集部

「まさかマセラティが!」とF1と量産車の技術に詳しいジャーナリストの世良耕太氏は唸った。F1をはじめとするレーシングカーでは必須の技術となっている「プレチャンバー」を量産車として初めて適用したエンジンを発表したのが、なんとマセラティだったのだ。果たして、どんなエンジンか。発表された資料と動画から読み解いてみる。

 まさかマセラティが量産車で初めて、F1で花開いた燃焼技術であるプレチャンバーを適用してくるとは思わなかった。6月17日にはメルセデスAMGが、やはりF1のMGU-H(熱エネルギー回生システム)に由来する電動ターボを発表している。ヨーロッパの自動車メーカーは電動化(とくに電気自動車)一直線に見えるが、内燃機関の開発もしっかり継続しているということだ。そして、新しい技術の採用に積極的である。

 プレチャンバーは、イタリア・モデナに本拠を置くマセラティが完全自社で開発した3.0ℓV6エンジンに採用された。「Nettuno(ネットゥーノ:ローマ神話における神、ネプトゥヌスのこと。英語でネプチューン)」と名づけられたこのエンジンは、マセラティの新型スーパースポーツカー、MC20に搭載される。MC20は9月9日〜10日にモデナで行なわれるイベントで公開される予定だ。

発表されたネットウーノの断面図

 マセラティはネットゥーノを発表するにあたり、プレスリリースとエンジンの外観写真、そして断面図を公開した。同時に、チーフエンジニアを務めるマッテオ・ヴァレンティーニ氏がエンジンを解説する動画をリリースしている。ここでは、動画内の3Dアニメーションをもとに、ネットゥーノのプレチャンバー技術を観察していこう。

 プレチャンバーは2014年、F1に燃料流量規制を柱とする新規定が導入されたのをきっかけに導入された。限られた燃料からパワーを引き出すには熱効率を高めるのが最善で、その手段のひとつとしてプレチャンバー・イグニッション(PCI)が採用されたのである。

エンジン形式:90°V型6気筒DOHCターボ
排気量:3.0ℓ
ボア×ストローク:88mm×82mm
圧縮比:11.0
点火順序:1-6-3-4-2-5
最高出力:630ps/7500rpm
最大トルク:730Nm/3000-5500rpm
過給機:電動ウェイストゲート付きターボチャージャー
点火システム:パッシブプレチャンバー+ツインスパーク
オイルシステム:可変容量式オイルポンプ+ドライサンプ
燃料供給:PDI(DI+PFI)
エンジン幅:1000mm
エンジン高:650mm
エンジン長:600mm
エンジン重量(DIN)220kg未満
エミッション:Euro6d/China 68/Ulev 70

 プレチャンバーは副室とも呼ばれ、点火プラグの先端をキャップ状に覆った構造だ。この小さな部屋の中で混合気に点火すると、部屋の先端に設けられた微細な穴(オリフィス)から火炎が勢いよく噴き出し、メインの燃焼室にある混合気を瞬時に燃焼させる。この結果、従来の燃焼よりも燃焼期間が圧倒的に短くなり(ノッキング限界を高める効果もある)、燃焼エネルギーが効率良く圧力に変換されて損失が減り、熱効率が向上する。

 これが、PCIがもたらすベネフィットのひとつだ。マセラティも、PCIがもたらす急速燃焼とノック低減効果を期待し、PCIをネットゥーノに採用したのだろう。マセラティはプレチャンバーを「F1由来の技術」と説明している。

 F1では14年にメルセデスAMGが、15年にはフェラーリがPCIを採用し、16年にルノー、17年に(15年から参戦する)ホンダが適用した(筆者調べ。以下同)。F1とコンセプトは異なるが、WEC(FIA世界耐久選手権)では、17年にポルシェとトヨタがPCIを適用している。また、トヨタ、ホンダ、日産が参戦する日本のSUPER GT GT500クラスでも、PCIはスタンダードな技術になっている(一番乗りは16年後半から投入したホンダ)。

 さて、動画の確認に移ろう。アニメーションの最初に登場するのは90度のバンク角を持つV6エンジンの片バンク3気筒分のシリンダーブロックだ。上下に動くピストン冠面の上方はバンク内側で、吸気側である。バルブリセスの深さもさることながら、吸気側リセスの間にある円形のくぼみが目を引く。シリンダーヘッドのこの位置に最大噴射圧350barの直噴インジェクターがあることを示している。

 F1は規則で「インジェクターはシリンダーあたり1本」かつ「直噴(最大500bar)」と定められている。量産車にそうした縛りはないので、ネットゥーノは直噴インジェクターに加え、ポートインジェクター(最大噴射圧6bar)も採用している。レーシングエンジンは全開全負荷の比率が極めて高いが、量産エンジンは冷間始動、アイドル、低回転低負荷、中間加速、全開と運転状況が多岐にわたり、それらを高次元でバランスさせなければならない。応答性には劣るが、燃料と空気をよく混ぜる点においてはポート噴射のほうが直噴より優れている。ネットゥーノではポート噴射に適した燃焼状態が存在するため採用に至ったのだろう。

 PCIにはアクティブとパッシブがある。アクティブはプレチャンバー内にインジェクターを持つタイプで、着火に必要な混合気をプレチャンバー内で用意できる。パッシブはプレチャンバー内にインジェクターを持たないタイプで、ネットゥーノは後者だ(F1と同じ)。パッシブの場合は、圧縮行程中に主燃焼室で形成した混合気を部屋の先端に開いたオリフィスを通じて点火プラグまわりに導く必要がある。アニメーションを見ると、あんなに狭い通路を通るのか、と感心する。

 燃焼室の端(吸気バルブと排気バルブの間)に「サイドスパークプラグ」と呼ぶ2つめの点火プラグを備えているのが、ネットゥーノの特徴だ。点火プラグが2本あるのでツインプラグだが、前例のあるツインプラグのように、同時あるは時間差で点火するのではない。ネットゥーノはプレチャンバーで点火するモードとサイドスパークプラグモードを使い分けている。

 PCIの弱点は低負荷領域だ。この領域は空気流量が少ないため流動も弱く、プレチャンバーに混合気を導くのが難しい。そこで、低負荷領域ではサイドスパークプラグを使い、コンベンショナルな着火方式としたのだ(ポート噴射を多用するのはこの領域か)。負荷の上昇に応じて、PCIに切り換える制御を取り入れているのだろう。ロードゴーイングカーの使用条件に合わせた適用技術というわけである。

 アニメーションでは上死点の手前で着火し、プレチャンバーのオリフィスを通じて勢いのある火炎(ジェット噴流)が噴き出し、混合気が瞬時に燃焼する様子を示している。オリフィスからジェット噴流が噴き出す様子は、別のアングルでも確認できる(6噴孔か)。

 ネットゥーノの開発は2015年にスタートしたという。F1にパワーユニットを供給するメーカー4社はまだ、自社ブランドにPCIを適用したエンジンを採用していない。マセラティに先を越されて格好で、モデナの高級スポーツカーメーカーにとってみれば、「してやったり」の思いに違いない。MC20の登場が俄然楽しみになってきた。

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