2035年に100%EV化をめざすレクサス。ジャパンモビリティショーでは電動化時代のラグジュアリーの姿を、2台のコンセプトカーで見せた。大きな変革期にある中で、今年もうひとつの大きな動きがあった。本丸であるトヨタ自動車の社長交代にレクサスも続いた。新プレジデントに就任したのはブランド初のEV『RZ』のチーフエンジニアも務めた渡辺剛氏だ。
様々な場で本人が語っている通り、プレジデント就任は「寝耳に水」だったという。前プレジデントでトヨタ新社長に就任した佐藤恒治氏から受け渡されたバトン、そしてレクサスが描く新時代のラグジュアリーの姿とは。“ラグジュアリーを知る”モータージャーナリスト九島辰也氏が、渡辺プレジデントの本音にせまる。
(対談は9月末 LEXUS SHOWCASEにて実施)
◆レクサスのプレジデントはクルマづくりができる人間じゃないと
レクサス 渡辺剛プレジデント(左)と九島辰也氏(右)九島辰也(以下、九島):何だか、緊張していませんか?
渡辺剛プレジデント(以下、渡辺):お手柔らかにお願いします(笑)
九島:いきなりですけど、レクサスからトヨタの社長へ、というラインができたので、もう渡辺さんは次期社長が確定したようなものですよね。
渡辺:いやいや、それはないですね(笑)
九島:(プレジデント就任の)内示はいつ言われたんですか?
渡辺:トヨタの社長が変わる、というアナウンスが1月にありました。その発表の次の日に、東京に呼ばれていたんです。東京へ向かう新幹線の中で社長交代のニュースを見ていて、「あっ豊田社長辞めるんだ。次期社長は佐藤恒治って、ええ!?」っていう感じでしたね。そんなタイミングで呼び出されているものですから、これは大変なことかもしれないと。翌日、行ったら豊田会長と佐藤新社長がいて。
九島:その時、良いニュース、悪いニュース、どちらだと思いました?
渡辺:両方ですね(笑)その時に、電動化を進めるためのBEVファクトリーを組織化しましたけど、その頃から次世代のBEVの開発をやらなければいけないというのがずっとあって、その話かなと思っていたんです。新組織なのか、どこか別会社なのか…そういう可能性があるなと思っていたら、会長から「なんの話かわかる?昨日のニュース見たよね」と言われて。次のレクサスのプレジデント、渡辺にやってもらうから、と。そこで初めて聞きましたね。
九島:本当に寝耳に水だったわけですか。
渡辺:そうですね。ただ、佐藤がプレジデントだった時代からずっと言っていたんです。レクサスのプレジデントはやっぱりクルマづくりができる人間じゃないとダメなんだと。
九島:じゃあ、渡辺さんのプレジデント就任には、佐藤社長の後押しもあったわけだ。佐藤社長とは長いんですよね?
渡辺:2012年からレクサスの車両の企画ということで関わり始めて、2013年からはずっと佐藤と一緒に。
九島:その頃って、『GS』のプラットフォームで人が乗れないプロトタイプとか作ってた頃ですか?
渡辺:そうです。あれを使って次のFRプラットフォームをどうしようかと考えていた頃でした。それが『LC』につながるわけです。自分は元々エンジン専門なので、特にLCのパワートレインのところはしっかりやってくれということで、パワートレインを中心とした運動性能を担当していました。
◆BEVという技術を使って、未来のクルマづくりにチャレンジしていく
レクサス LCに搭載されるV8エンジン九島:LCといえばNA(自然吸気)のV8だ。
渡辺:そのあとLSに搭載した3.5リットルV6のターボも候補にはあったんですよ。どっちだという選択に迫られて、NAのV8だと。
九島:それはみんなの意見で?
渡辺:佐藤と相談して。やっぱりこういうクルマは高回転まで綺麗に吹け上がって回ってっということと、走りの楽しさはトランスミッションを含めたパワートレイン全体でやりたいよねということで、エンジンはV8のNA、そしてトランスミッションの開発をやろうということで10速ATを新たに開発して。とにかく変速のキレの良さですよね。
九島:あの時はまだZFにはFR用の多段ATはなかったんだよね。
渡辺:そうです。ガソリンはとにかくトランスミッションを新しくつくろうと。そしてハイブリッドも同じようにリズムだとか操る楽しさを実現できるようなハイブッドができるんじゃないかと。あれは後ろに4ATをくっつけて同じように10速を刻んでいます。
九島:100%電動車カンパニーになるわけじゃないですか。もうアナウンスしているんですか?「NA・V8ストップ」って。
渡辺:していないです。ただ、2035年に“BEV 100%”っていう状態になるとしたら、自然とどこかで。
九島:モーターがついていないエンジンは、それまでOKなんですか?
渡辺:今のところ我々としては、2035年にクルマからのCO2排出ゼロというところを目指しています。だとすると、レクサスとしてはBEVという前提でフルラインアップにしていくということをひとつターゲットにしています。
コーポレートとしては2050年にCO2フリーと言っていますけど、2035年にBEV 100%になっていけば、その後にすでに市場に出ているエンジン付きのクルマたちも置き換わっていって2050年にはレクサスとしては市場も含めてBEVに置き換わっていけるんじゃないかなと。そんなストーリーですね。
レクサス 渡辺剛プレジデント九島:ベントレーとかって、新車は全部BEV化するんですけど、それまで買ってくれてた内燃機関の顧客のためにeフューエル(合成燃料)を用意するみたいな、そういう二段構えを常にアナウンスしていますよね。
渡辺:eフューエルの方はGRがエンジンの技術開発を含めて引っ張っていくという役割をしています。
九島:なるほど、トヨタの中で分担しているわけだ。
渡辺:コーポレートとしてはトヨタが「マルチパスウェイ」。世界中のどの地域でも安心してお使いいただけるクルマを、ということでハイブリッドを軸にしながらも地域に必要なパワートレインの選択肢をしっかりやっていく。レクサスはコーポレートの中の役割としてもBEVという技術を使って、未来のクルマづくりにチャレンジをしていく。GRは内燃機関でのカーボンニュートラルにチャレンジしていくということで水素やeフューエルに積極的に取り組んでいます。
◆レクサスに足りない「ラグジュアリー」
九島辰也氏九島:渡辺さんがレクサスプレジデントになって、ちょっと要望があるんですけど。
渡辺:怖いな(笑)
九島:レクサスは作り手側から提案する技術、素晴らしいと思います。で、何が足りないかと言うと「ラグジュアリー」が足りないんです。トヨタブランドですけど新型『センチュリー』を見ていて、結局「自分たちがこうしました」っていうワンウェイに見えるんですよ。ショーファーカーを知るためにたとえば丸の内のエグゼクティブ100人に聞きましたとか、ロンドンのリッツ・カールトンで1週間張り込みましたとか、そういうことの方が大事なんじゃないかと思うんです。その立証感が薄い。
トヨタには豊田章男さんというセレブリティが居るので、そこはひとつのサンプリングにはなると思うけど、もうちょっとショーファーとして一歩踏み出してほしい。昭和のショーファーと令和のショーファーは違うわけだし。これは今のレクサスにも通じるなと思うんですよ。クルマそのものの技術や出来ではなくて、レクサスとしてのコミュニケーションの話です。
渡辺:ありがとうございます。おっしゃられることは自分たちもすごく感じていて、作り手が何をつくりたいのか、それをとにかく正当化するためにエンジニアが一生懸命説明する、それがこれまでずっとトヨタのエンジニアがやってきたコミュニケーションのスタイルだと思っていて。エンジニアリングだけじゃなくてものづくりにおける前提みたいなところから、やっぱり何が本当にお客様に求められているのか。そこから企画をスタートしていかないと。自分たちでやることを決めて、その周辺を補うためだけにインタビューしたりとか、自分たちがやりたいことの検証をしているだけなんじゃないか。それは最近すごく感じています。
九島:さすが、ちょっと言ったら全てわかってくれる。
レクサス LM渡辺:いえいえ(笑)でも特に、その最たる例が中国だったりするんです。コロナの期間で3年間くらいまったく我々は中国のマーケットを直接自分たちの目で見るということをせずに来てしまった。3年間の間に中国のBEVメーカーたちが、どんどん中国のニーズに合わせていろんなことをわーっとやってきている。BEVって将来何をするんだろうと、本当に世の中にとって必要なものになっていくのか、BEVで何をやるべきなのかっていう議論やクルマを鍛えるということをずっとやってきていて、蓋をあけてみたら、商品やマーケットに対して何の価値を提供できるのかということを、やるべきことができずに来ちゃっていたなと。今あわてて毎月のように現地に行ったり、逆に来てもらったりというコミュニケーションを繰り返しています。
九島:なるほどね。
渡辺:やっぱり今までのように、グローバルで商品企画をやっているものの中から中国へ、ということではもうまったく今の中国市場には通用しないということを本当に痛感しています。そういう意味で、仕事のやり方しかり、自分たちで変えなければいけないかなと思っています。
九島:日本のこともちゃんと長期で見て欲しいですね。たとえばローンチする1年前から、ティザー的なことをやるわけですよ。レクサスであれば、トヨタブランドのクルマじゃない、この層に乗って欲しいみたいなものやマーケットはもう決まっているわけじゃないですか。だったら1年かければそういうコミュニケーションはできるわけで。3月に就任して、まだ手をつけていないところの話ばかりで恐縮ですが。
渡辺:ありがとうございます。おっしゃる通りだと思います。
◆BEVはやれることの幅が広がる
レクサス 渡辺剛プレジデント(左)と九島辰也氏(右)九島:渡辺さんはパワートレインをずっとやっていたということですけど、やっぱりクルマ好きなんですか?
渡辺:私はどちらかというとつくる方がやっぱり好きで、自分で乗ったりいじったりというよりは、エンジニアとしてものづくりそのものを形にする、そっちが本当に大好きで。たぶんクルマづくりという意味では佐藤社長にも負けないという自負はあります。入社した時からエンジンを20年やって、それから企画の仕事を10年やってきました。
九島:エンジンは一番面白いですよね。
渡辺:エンジンは面白いですね。エンジンはすべての工学的技術がつまっているので…流体から熱力学から材料力学、機械力学から。
九島:エンジン畑の人って、みんなエンジンの話を楽しそうにするよね。
渡辺:そうです、本当に楽しいですね(笑)燃焼室の中からエンジンの外を見ているという脳みそになっているので、インジェクターから吹く噴霧の流れから、それはもう頭の中に描きながら。
九島:じゃあそれが「電動化」ってなったときに、頭を切り替えられるものですか。
渡辺:それは本当にすごく悩みましたよ。エンジンをやってきて、レクサスの企画に行っても、ずっとFR系のクルマの担当だったんですよね。そうしていたら佐藤から次のレクサスは電動化だと言われて、電動化で何をやるのかを考えてほしいと。それが2017年ですね。
2017年から一気に電動化に自分の仕事が切り替わったんですけど、やっぱりその時にはこれから先もエンジンを中心にレクサスの新しいクルマを開発していくと思っていたので、「なんで俺が電動化なんだろう」というのは正直思いましたし、当時はまだBEVというものもこんな勢いでマーケットが進んでいくということは誰も予想していなかったので。当時はただ電動化=バッテリーEVということではなくて、どちらかというとモーターを使ってどんな走りができるのかというなんだろうなと頭を切り替えて。これからのクルマの動きをつくるのは駆動力をどう扱うのかというのがすごく大事になるんじゃないかなって、それをイメージしていました。
九島:駆動力。
渡辺:そうです。あの時は『ES』をちょっとちょんぎって、ホイールベースを短くしてフロントにエンジンを乗せたFFにして、リアにeアクスルの150kWくらいのモーターをくっつけて、その4輪の駆動力コントロール制御を、リアのモーターでしっかりトラクションかけてクルマの動きをつくるというのをやってみたら何か面白いクルマができるんじゃないかというので、すぐにそういう試作車をつくりました。それをやってみたらやっぱりモーターの駆動力のレスポンスのよさだとか、そのクルマの動きを駆動力でコントロールすと、すごい楽しいクルマになるなっていうのがあって。実はそれが1モーターハイブリッド+リアeアクスルの『RX』や『クラウン』で立ち上げたシステムの先行モデルになっていたりするんです。
パワートレインというものをエンジンやモーターとかということに拘らずに、駆動力をクルマとしてどう扱っていくか、運動制御に活かせるのかという、そっちに切り替えて。そうしたら自分たちはエンジンで、車両の運動制御だとかそういうのをやってきたのと何ら変わらないんじゃないかと。
九島:発生源がモーターや電池になっただけだと。
レクサス RZ渡辺:逆にいうと、やれることの幅がすごい広がるんだなということをBEVの開発をやりながら、気づいたんです。モーターはゼロトルクからマックストルクまでをいつでも瞬時に制御で切り替えられるので、それを使ったら本当に駆動力コントロールの条件の幅も広がるし、内燃機関のように動力変換の遅れもなくなるので、ドライブシャフトにダイレクトで駆動力をいつでも好きなだけ掛けることができる。あとは電池のパワーをどれだけ持つのかということなので、そう考えるとすごい面白い発想がこれからも色々出てくると思います。
九島:あえて遅らせたりして、内燃機関的なフィーリングを出したりとか。
渡辺:実はRZではすでにやっているんですよ。0-100%でアクセルを踏んだらどーんと発進するのがEVのメリットだと見せることはできます。ただ我々はやはりドライバーとクルマの対話ということを重視しています。意を超えるようなトラクションの掛け方というのは扱いにくいしコントロールしにくいという風になっていくので、あくまでもドライバーの入力に対して遅れなく、意図通りにフィーリングを返してあげる。アクセルの操作量だとか操作速度、その時の車速の条件によってトルクの立ち上げ方の要求値はかなり異なるので、そういうところでわざとジャークを落としてとか、RZではやっています。
九島:なるほど。
渡辺:問題は高速側にいったときのパワー感の継続性というのが、EVはやっぱりちょっと弱くて。車速が高くなればなるほどG変化を出すのがモーターは苦手なので、そのつなぎをどうするか、最高速まで伸びきるかというところはもっと電池のパワーや効率が上がってこないと難しいなと思います。
九島:バッテリー容量に余裕があればそれができるということ?
渡辺:できます。ただ、レクサスの量産モデル、量販価格帯のところでどうエモーショナルな雰囲気を高速までしっかりVMAXまで伸ばし切れるのかっていうのは、まだまだ自分たちは足りていないなと思っていて、次に出てくる新構造の次世代BEVと言っているモデルではしっかりそこまで使い切れるような前提で、開発したいなと思っています。
◆LCに乗ったあとにLBXに乗っても「ああレクサスだね」って
レクサスが9月に発表した新型車3台と渡辺剛プレジデント九島:ラグジュアリーの話に戻りますけど、サイズにとらわれずブランドとしてラグジュアリーで、そして価格にもとらわれず…そういう戦略をとっていただきたいと思います。
渡辺:まだ足りてないですか?
九島:はい。
渡辺:(笑)けっこうがんばったんだけどな…。
九島:いや、だからコミュニケーションの話ですよ。『LBX』はコンパクトで、値段が安くなって1000万円を切っているとか、それがボリュームゾーンになっていきますよね。だけどLCだったりLSだったり、上があるんだから、この世界観を落とし込まないと。いつの間にかボリュームゾーンに引っ張られて、安普請になったりするとブランドとしてはつらいじゃないですか。
渡辺:LBXは我々としてもエントリーだとか、そういう想いはまったくないんです。富裕層の方だって、普段気軽に乗れるクルマがあっていいよね、っていう会長の想いのもと開発をしてきたので。スニーカーを履いて街にちょっと出ていくみたいな、そんな感覚で乗れる車をレクサスで作るっていう、そういうコンセプトなんですね。だけどちゃんとレクサスなんだと。
九島:つまり「7万円のスニーカー」なんですよ。
渡辺:会長は「マルジェラ」って言われましたけど(笑)
九島:そこまで具体的なんだ(笑)
渡辺:だからコンパクトなクルマをつくるんじゃなくて、レクサスで気軽に乗れるクルマをつくるんだと。だから絶対にレクサスでなければダメなんです。そこに徹底的にこだわっているのでデザインも何度も何度もやり直しましたし、走りのテイストだとか質感も。LCに乗ったあとにLBXに乗っても、ああレクサスだねって思っていただけるように。
レクサス LBX九島:販売戦略的にはどうなんですか。国内で言えば、年間6万台ペースが、10万台、あるいは倍増することを目指していたりは?
渡辺:実は国内はポテンシャルがすごく高くなっています。GX、LBX、LMをはじめ新車がこれからどんどん出て行きます。今は販売店も含めたキャパシティに対して市場のポテンシャルの方がちょっと上にいる状態です。そこをこれからどうしていくのかということを、しっかりやっていかなければいけないなと思っています。8万台とか9万台というところは現実的にあるレベルだとして、そのくらいを目線にやってきたんですが、想定を超えるレベルに対してしっかりと対応していかなければいけないと思います。
九島:それは大切ですね。VWに対するアウディ、というポジションじゃなくて、もっと上というか、レクサスはメルセデスのようにならなければいけない。ところで思ったんだけど、新型センチュリーができたときにレクサスが「これウチに寄越してよ」くらい言ってもいいんじゃないかって。もちろんセンチュリーには章一郎さん(豊田章男氏の父で、トヨタ名誉会長。センチュリーの開発に深く関わった)の思いがあることはわかっていてあえて言いますが、そこで「2500万円のクルマはレクサスが売るんだ」みたいなね。そういう熱い思いがレクサスにはあってもいいかなって。
トヨタブランドのハイエンドは全部レクサスなんだと。誰にも文句は言わせないぞと。その位の意気込みを感じたいなと思うんです。2500万円くらいだったらレクサスで売るのにちょうどいい価格帯でしょう。LSより高いんだから。2500万円のクルマをトヨタで売るなんて許せない、って章男さんに直談判して。
渡辺:あはは(苦笑)
九島:とにかくカッコいいクルマをどんどん作ってください。
渡辺:ありがとうございます。楽しみにしていてください。
レクサス 渡辺剛プレジデントからの記事と詳細 ( 【特別対談】エンジン技術者からレクサスプレジデントへ、渡辺剛氏の「本音」にせまる - レスポンス )
https://ift.tt/CiKvOrI
0 Comments:
Post a Comment