マンハッタンのミッドタウン、カーネギーホールの向かいにあるオフィスで、ビル・フアン氏はひそかに世界最大級の資産を積み上げていた。
ウォール街でもほとんど知られていなかった同氏だが、突然有名になった。
同氏のファミリーオフィス、 アルケゴス・キャピタル・マネジメントは今や、史上最大のマージンコール(証拠金請求)の渦中にある。危険なほどレバレッジを効かせた秘密裏のポジションが一瞬のうちに解消されるというドラマだ。
フアン氏の資産増大は、ここ数日に銀行が大量売却した銘柄からうかがうことができる。 バイアコムCBS、 ディスカバリー、 跟誰学(GSXテクエデュ)、 百度(バイドゥ)はいずれも今年急上昇し、トレーダーらは首をかしげていた。
ゴールドマン・サックス・グループとモルガン・スタンレー 、ウェルズ・ファーゴが26日以降のブロック取引で売っているフアンのポートフォリオの一部は、先週時点で約400億ドル(約4兆4000億円)の価値があった。
銀行は、アルケゴスの純資本、つまりフアン氏の資産が100億ドルを超えていたと考えている。ポートフォリオの処分が続くに伴い、総ポジションの推計額は上昇し、500億ドルあるいは1000億ドルを超えるとも見られる。これがほんの数日で消失した。
ベテランマクロ投資家のマイク・ノボグラーツ氏は「こんなことは見たことがない。密かに積み上げられ、集中し、速やかに消えた。個人資産の消失として史上最大の一つに違いない」と話した。
損失の波紋はニューヨーク、チューリヒ、東京を含む世界に広がり、世界の規制当局の目の前でこれほど大きなリスクを多くの銀行に助けられて積み上げるのがなぜ可能だったのかという疑問を呼び起こした。
一つには、フアン氏が監視の緩いファミリーオフィスを設立したこと、大きな持ち分を開示することなく積み上げることができるデリバティブ(金融派生商品)を利用したことがある。もう一つは、同氏が約10年前にインサイダー取引と相場操作を巡ってヘッジファンド業界を追放されていたにもかかわらず世界の銀行が同氏を顧客として受け入れたことだ。
フアン氏は2012年にインサイダー取引と中国の銀行株の操作した疑いで米証券取引委員会(SEC)から提訴されタイガー・アジア・マネジメントとタイガー・アジア・パートナーズを閉鎖している。フアン氏とこれら会社は4400万ドルを支払い、同氏は和解条件として投資顧問業界で働くことを 禁止された。
同氏はその後すぐに、アルケゴスをファミリーオフィスとして設立した。
一族の資産を管理するファミリーオフィスは投資顧問業者としてSECに登録する必要がなく、所有者や幹部、運用資産額を開示する義務もない。小規模なファミリーオフィスならば問題はないが、今回のように巨大ヘッジファンド並みの規模になった場合は市場全体にもリスクを及ぼし得る。
元SEC当局者のタイラー・ゲラッシュ氏は「ファミリーオフィスの規制についての疑問をあらためて提起するものだ」と述べた。「問題は、ファミリーオフィスが家族や友人だけではなく市場に重大な影響を与える可能性があり、ドッド・フランク法(米金融規制改革法)導入後もSECの規制枠組みがそれを明確に反映していないことだ」と説明した。
アルケゴスは野村ホールディングスやモルガン・スタンレー 、ドイツ銀行、クレディ・スイス・グループなどを取引パートナーとしていた。ゴールドマンはSECの訴訟後しばらくの間、コンプライアンス上の理由からフアン氏との取引を拒んでいたが、同業他社が利益を上げる中で姿勢を転換した。
フアン氏のポートフォリオの全体像はまだ明らかになっておらず、どのポジションが今回の引き金になったのか、同氏がどのようなヘッジをしていたかも不明だ。
米国株1億ドル超を保有する投資業者は四半期末に保有資産について規制当局に報告する必要があるが、フアン氏は届け出を行ったことがない。トータルリターンスワップ(原資産のキャピタルゲイン・インカムゲインなどを全て含むリターンと事前に取り決めた金利を交換する取引)を利用して、自身のポジションが銀行のバランスシート上にあるように見せていたためだ。このスワップはポートフォリオのレバレッジを高めることも可能にする。
例えば、モルガン・スタンレーとゴールドマンは中国のオンライン学習企業、 跟誰学の最大株主だった。届け出によると、ゴールドマンは1月に持ち分を54%増やした。ブルームバーグが届け出を分析したところによれば、発行済み株式の少なくとも68%を保有していた。 中国のビデオエンターテインメント企業、 愛奇芸(iQiyi)の少なくとも40%、 バイアコムCBSの29%も保有しており、これらは全てアルケゴスが大きな賭けをしている銘柄だった。
ファンドを外部投資家に売り込む必要のないフアン氏の戦略と運用成績が外の世界に知られることはなく、資産が膨らんでも目立つことはなかった。
そのフアン氏の運命は先週、反転した。バイアコムCBSが新株発行による 資金調達を発表し、株価が翌日9%下落した。
アルケゴスのポートフォリオに含まれると思われる他の証券の価格も続いて急落し、25日の取引終了時までにポートフォリオの価値は27%減少。値下がり額は6-8倍のレバレッジをかけていたみられるアルケゴスの資本以上になった。
「リスク管理もなしにこれほどレバレッジを高くする心理というのはほとんど虚無主義だ」とノボグラーツ氏は述べた。
原題: One of World’s Greatest Hidden Fortunes Is Wiped Out in Days (1)(抜粋)
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