Sunday, January 31, 2021

在宅勤務の苦悩 サイボウズは脱「リモハラ」に10年 - 日本経済新聞

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サイボウズのオフィスの執務スペース

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日経ビジネス電子版

リモートワークの状況で起きうるハラスメント、通称「リモハラ」。リモハラの被害を受けている社員のみならず、リモハラ防止とコミュニケーションの活性化の両立に頭を悩ませる各社の人事担当者や、慣れないリモートワークで部下との間合いを計りかねているマネジャーは、決して少なくないだろう。

週1回の上司と部下との30分間の個人面談「1on1(ワン・オン・ワン)ミーティング」、活発なチャットのやりとり、全員顔出しのビデオ会議――。

そんなリモートワーク環境が実現できれば、どんなにいいことか。リモハラ対策に悩むビジネスパーソンにとってうらやましい限りの光景が繰り広げられているのが、リモートワーク先進企業として知られるサイボウズだ。

10年前に、いち早くリモートワークを導入し、最初の緊急事態宣言が明けた後、2020年7月にはテレワークの続行を呼びかけるTVCMキャンペーン展開。「がんばるな、ニッポン。」と呼びかけて話題を呼んだ。

サイボウズのリモートワークを特徴付ける仕組みに「分報」というものもある。

「これから始業します」「少し散歩に出かけます」「今は○○の作業を進めています」といったように、社員各自が自身のチャットチャンネルで状況を発信する。日報よりも短いサイクルでの報告といった意味合いから分報と呼ばれている。

マネジャーはこうしたチャンネルを見るだけで、ある程度部下の勤務状況や作業の進捗などを把握することができる。

サイボウズで働き方改革を担当し、そのノウハウの提供も手がけるチームワーク総研のなかむらアサミ・シニアコンサルタントは「リモートワークでは、マネジャーは部下の状況が見えなくて不安になるが、部下は部下で自分が仕事をしていないと思われたくない。情報発信が非常に大切になる」と指摘する。分報は以前からある仕組みだが、コロナ下でリモートワークが進む中で一層活発になったという。

先進企業も手探り

10年の歳月をかけてリモートワークを洗練させてきたサイボウズだが、当初からうまくいったわけでない。むしろ、今、多くの企業が悩んでいるのと同じように、失敗からのスタートだったと言っていい。

サイボウズがリモートワークを試験的に始めたのは10年8月のこと。サボるやつが出るのではないか。生産性は維持できるのか。不安のあまり、当初はガチガチな管理態勢だった。時間は午前9時から午後6時のみ、回数は月4回まで、場所も申請した通りでないといけないなど制限が多かった。極めつきは終業後の報告で、業務実績に対して上司が「○△×」で評価を付けていた。

ただ、変化のきっかけはすぐに訪れた。11年2月に本格運用を開始してまもなく、東日本大震災が発生。会社全体がリモートワークにシフトせざるを得なくなる中で、事細かに社員一人一人を管理していたのでは、そのコストは膨大になる。とてもではないが業務が回らない。震災を機に管理一辺倒の限界を痛感し、以後は社員への信頼を前提に制度運用を柔軟にして、使いやすいものになるように絶えず見直しを重ねてきた。

自社の体験を踏まえて、サイボウズのなかむら氏は「当初のままではリモートワークの定着はあり得なかっただろう」とした上で、「制度を会社にあったものにしていくことが重要。そのためには、『使いにくい』という社員の声を拾うことが大切で、声を上げられる雰囲気づくりが必要だ」と指摘する。

サイボウズが10年かけて手に入れたリモートワーク態勢はリモハラ対策の理想型と言える。一方で、コロナ禍の日本社会を見渡せば、急速なリモートシフトを迫られる中で、企業の大半は試行錯誤を重ねているのが現状だ。働き方改革で先進的とされる企業であっても例外ではなく、リモハラ防止とリモートワークの推進のはざまでもがいている。

リモハラ防止とコミュニケーションの質の維持。両者が表裏一体の関係にあるのを象徴するのが、ビデオ会議での動画のオンオフ問題だ。動画をオフにすれば、部下のプライバシーを侵すリスクは回避できる。しかし一方で、やりとりは精彩さを欠き、生産性を低下させかねない。

17年4月に三菱化学と三菱樹脂、三菱レイヨンの3社統合で発足して以来、リモートワークの導入を含む働き方改革を加速させてきた三菱ケミカルも、動画のオンオフには苦心している。

新型コロナウイルス感染拡大を受けた昨年4月の緊急事態宣言下では、東京や大阪のオフィスで約2000人が原則在宅勤務に移行。リモートワークの急増に伴い、ルーターが不足したり、社内回線が混雑したり、といったハード面の混乱こそあったものの、考え方やルールといったソフト面の整理はできていたため、オフィス勤務者へのリモートワークの全面適用は比較的スムーズに進んだ。リモハラも今のところは問題になっていない。

一方で、課題として浮上しているのが、コミュニケーション不足だ。昨年の緊急事態宣言が明けた後、6月に実施したアンケート調査では、メンタルヘルスについては、「改善25%、悪化16%、変わらず59%」という回答だったが、職場のコミュニケーション状況については「改善5%、悪化28%、変わらず67%」という結果だった。

昨年の緊急事態宣言下のテレワークの急拡大で、回線がパンクしかけたこともあって、社内のテレビ会議の際には動画をオフにするのが暗黙のルールに。新入社員や新規の異動者との顔合わせでは動画をオンにするなど職場ごとに工夫をしているが、リモハラ防止とコミュニケーションの質の維持の両立につながる明確な処方箋は見つけられずにいる。

国内のグループ社員を原則リモートワークにして通勤定期券代の支給も廃止するなど、てんこ盛りの働き方改革を導入した富士通もコミュニケーション不足を課題に挙げる。対策として昨年7月から導入しているのが、上司による1on1ミーティングの実施だ。「最低でも月1回、30分は話しましょうと決めた」と富士通人事戦略室の森川学室長は話す。

富士通は国内のグループ社員が8万人と多く、部下との会話が苦手な上司がいるのも事実。そこで昨年秋に「1on1ミーティングハンドブック」を管理職に配布した。コミュニケーションのポイントを記載したマニュアルで、議論の運び方や、部下の考えや気づきをうまく引き出すノウハウなどが記載されている。

ポイントは、「強制的な制度ではない」(森川室長)こと。導入後の調査では9割以上の社員が「効果を感じた」と回答するなど、一定の効果は出つつある。現在はコミュニケーション力の高い管理職をインフルエンサーとしてピックアップするなど、コミュニケーション活性化への模索は続く。

職場の不満に耳を傾ける

リモハラを防止しつつ、リモートワークを活性化させるにはどうしたらいいのか。サイボウズの成功事例や、三菱ケミカルや富士通といった働き方先進企業の試行錯誤から浮かび上がる共通項が1つある。それは、「ルールを強制しない」だ。

下の図を見てほしい。これは、サイボウズの10年の歩みを、制度面での変化から整理したものだ。ここから明らかなのは、試行錯誤を続けてきた結果、段階的にルールを緩和していく方向になっていることだ。

コロナ禍によって一気にリモートワーク環境の導入を余儀なくされた企業は、この歩みを10年という長期の試行錯誤を積み上げて実現していく余裕はない。到底、一朝一夕にはサイボウズには追いつけない。かといって手をこまぬいてはいられない。

職場のコミュニケーションにおける不満の声に常に耳を傾けることを心がけつつ、トライ・アンド・エラーで、ストレスのないリモートワーク環境をつくり上げる速度を上げていくしかなさそうだ。

(日経ビジネス 奥平力)

[日経ビジネス電子版2021年1月28日の記事を再構成]

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