ヤマハ発動機のフロント2輪のスポーツツアラー『NIKEN GT(ナイケンGT)』開発者インタビューの第2弾。前編では、大型LMW(Leaning Multi Wheel)であるナイケンを取り巻く状況と、その評価を中心にお届けしたが、中編となる今回はいよいよモデルチェンジの詳細について迫っていく。
今回話を聞いたのは、プロジェクトリーダーの平川伸彦氏をはじめ、車体設計担当の内田徹也氏、車両実験担当の黒丸直亮氏、そしてパワートレイン担当の川名拳豊氏と、主に走りに大きく関わる部分を担当する4名だ。
◆既存エンジンでクランクまで手を入れるのはレアケース
ヤマハ ナイケンGT 新型(写真は海外仕様)ナイケンGTが新型になった。従来モデルとの大きな違いは、エンジンの排気量が845ccから888ccへ拡大されたことだ。『MT-09/SP』や『トレーサー9GT』と同系の水冷4ストローク直列3気筒ではあるが、コンポーネントの流用時によく聞く「車両に合わせて専用のセッティングを施し~」という表現では、到底収まらない改良を実施。クランクウェブ自体が異なり、クランクケースも新たに設計されている。
「ドライバビリティの向上を狙い、クランクマスを8%増やしています。既存のエンジンを用いているにもかかわらず、クランクという根本的なパーツに手を加えるのは極めて例外的なケースだと思います。これによって、力強い発進加速と低回転域の扱いやすさを実現し、ただし単にマスが増えたたけではエンジンブレーキの利きや高回転域での伸びに影響するため、それらを上手くバランスさせました」(パワートレイン担当・川名氏)
ヤマハ ナイケンGT 新型のパワートレイン担当・川名拳豊氏エンジンが変わったということは、それを搭載するフレームも同様だ。部位によって製法や素材を変えるハイブリッド構造を踏襲しながらも、その形状は刷新されていることが分かる。
「フロント2輪の構造上、それを支持するヘッドパイプまわりには、かなりの強度剛性が必要です。スチールパイプの前部にスチール鋳造を、後部にアルミ鋳造を配するハイブリッド構造は、そのための最適解と考え、継続して採用しています」(車体設計担当・内田氏)
ただし、従来のフレームと比較すると、スチールパイプの取り回しのみならず、エンジンの懸架点も大きく移動。搭載角度もより前傾したものになっている。
「フレームの単体重量は従来とほぼ同等ですが、剛性は向上しています。パイプワークとその肉厚、懸架方式などを見直しながら剛性を少しずつ上げ下げし、一番いいところを探り当てる作業を続けました。問題は従来モデルから増した車重で、ナイケンGTの美点である操縦安定性をいかに維持、あるいは向上させるかがカギでした」(内田氏)
◆設計担当「あっちこっちからの“圧”は、なかなかのものでした」
ヤマハ ナイケンGT 新型(写真は海外仕様)それを聞いて、従来モデルの車重を調べてみたところ、267kgとのことだった。対する新型は270kg。スペック上は確かに3kg増しているが、わずか1.1%程度であり、ほとんど誤差に思えるのだが。
「3kg増の内、およそ2kgが車体前部に載っています。メーターが大型になったことと補器類の追加、スクリーンが可動式になった影響が大きく、最大限の工夫は凝らしつつも、どうしてもプラスは避けられない。しかも、それらの多くが車体の高い位置にあるため、ハンドリングに影響しやすいんです。ただし、私はあくまでも設計側の人間ですから、解析上の数値でしか分かっていない部分もあります。そのため、自分でも実走できる機会を設けてもらった経験は大きかったですね」(内田氏)
もっとも、それは車両実験ライダーがテストをしている合間にちょっと試走してみた、というほど生ぬるいものではなかったようだ。
ヤマハ ナイケンGT 新型の車体設計担当・内田徹也氏「頭(車体のフロント)が重くなると、応答性がどれくらい変わるのか。それは理屈では決して分からないため、テストライダーが比較用のナイケンを用意してくれました。kg単位なんかではなく、オモリを100g載せるとこう、そこに50g追加するとこう……と、かなり細かく刻んで試すことになり、重量の増加とその位置がいかに重要かを肌感覚として知ることができました」(内田氏)
「その上で、我々車両実験部門からは、何gまでは許容するがそれを超えることは認めない。これ以上のプラスは絶対にOKを出さない、と事前に条件を提示しました。設計側はかなりプレッシャーだったと思います」(車両実験担当・黒丸氏)
「あっちこっちからの“圧”は、なかなかのものでしたが、おかげで納得の仕上がりになったと自負しています」(内田氏)
◆フロントではなくリアサスを変更した理由と「足つき性」への影響
ヤマハ ナイケンGT 新型(写真は海外仕様)走りにかかわる部分としては、他にサスペンションまわりが変更されている。既述の流れからすると、フロントフォークになんらかの改良が施されたのかと思いきや、実はリアサスペンションが見直されたようだ。
「LMWの仕組みは、すでに高い完成度を持っていますが、たとえば段差を越える時などに、フロントのしなやかな走破性が際立つがゆえに、リアの動きが跳ねるように感じられることがありました。微妙なギャップとはいえ、それを埋めるためにリアサスペンションの1Gの沈み込みは柔らかく、奥までストロークした時はしっかりと反力が得られるプログレッシブな特性で調整を図っています」(プロジェクトリーダー・平川氏)
「そこに至る改良点は主にふたつです。まずバネの材質変更によって強度の向上と軽量化を両立。バネ単体で200g以上軽くなっていることに加え、スチール板金だったアームリレー部分(リンク)をアルミ鍛造に変更しています。結果、ここでもさらに200g以上軽くなった他、レバー比も最適化して、1Gでの動きやすさと高荷重時の衝撃吸収性がバランス。アルミ鍛造化は機能のみならず、質感の向上にも貢献しています」(内田氏)
ヤマハ ナイケンGT 新型(写真は海外仕様)前編でも少し触れたが、実はこの部分は足つき性にも大きく影響している。
「シート高というのは、1Gダッシュと呼ばれる完全な空車状態で計測した数値です。ある程度の目安にはなりますが、現実的にはライダーが実際に乗車した1G状態でどうなるかが重要です。その点、新型は1Gでの沈み込み量が増えたことと、内股に触れる部分を削ったことによる相乗効果で、乗降性が向上しています」(内田氏)
「私は身長が160cmくらいなのですが、開発初期段階のモデルには従来のシートが装着されていました。エンジンの適合を図るためにテストコースで走ることもあり、その時は立ちゴケの心配があったので、自分でシートを削って乗っていたほど。結果的に今の仕様になったわけですが、小柄なライダーの不安が解消されているのに、大柄なライダーが乗っても違和感のないポジションになっていることに驚きました。こんなに万人受けするシート作りがあるんだって感動したくらいですから、見た目であきらめず、ぜひまたがってみて頂きたいですね」(川名氏)
「こんなに万人受けするシート作りがあるんだって感動した」という川名氏◆“制御のヤマハ”らしい電子デバイスのアップデート
今回のモデルチェンジでは、電子デバイスのアップデートも盛り込まれている。エンジンの出力特性が切り替わる「D-MODE」には、SPORT/STREET/RAINの3パターンを用意し、それぞれにトラクションコントロールの介入度(1/2/個別設定でOFFも可)が連動。クイックシフターはシフトアップ側に加えて、シフトダウン側の制御が可能になり、クルーズコントロールやアシスト&スリッパークラッチなどを標準装備する。
「他には、電子制御スロットルにAPSG(アクセルレーター・ポジション・センサー・グリップ)を追加し、より自然な操作性を実現しています。ライダーは、極めて微細な入力でスロットルをコントロールしているものですが、APSGの信号によって、それをアシスト。ライダーの操作と意識に、車両の挙動がズレなく追従するよう、適合に時間を掛けました」(黒丸氏)
ヤマハ ナイケンGT 新型の車両実験担当・黒丸直亮氏これに関連する制御のひとつに発進アシスト機能があるようだが、これはどういったデバイスになるのだろう。
「発進時や低速走行時に起こり得るエンジンストップの可能性を軽減するものです。従来モデルでは、クラッチレバーの動きを検知したらスロットルを一定量まで引き上げるシンプルな仕組みでしたが、新型は常に適切なエンジン回転数になるようにスロットル開度を自動的に調整。勾配の度合いや操作量の変化に対するコントロール性が高く、自然なレスポンスになるよう作り込んでいます」(黒丸氏)
今回はインタビュー中編として、新型ナイケンGTの走りを支えるエンジンと車体の作り込み、また電子デバイスの制御について語ってもらった。最終回となる後編では、大型メーターの機能やデザインに関してお届けしよう。
ヤマハ ナイケンGT 新型と開発メンバーからの記事と詳細 ( 【ヤマハ ナイケンGT 新型】開発者に聞いた、エンジン、フレーム、リアサス、全面刷新の裏側 - レスポンス )
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