エンジンの調子が悪いという話をしていると、ベテランライダーから「オイル上がり(オイル下がり)してるんじゃないの?」という指摘をされた事はありませんか?
「うーん?どうだろうね?ハハハ」とか言ってはみたものの、実はオイル上がりやオイル下がりって良くわかっていなかったりしませんか?
オイルが上がったり下がったりして問題があると言っているのはわかるけれど、いったいどこからオイルが上がったり下がったりしているのか……、上がったり下がったりしたらどうなるのか……みたいな感じで。
でも大丈夫!実は指摘した方も良くわかっていなかったりするのがこのオイル上がり、オイル下がりという言葉です。
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オイル上がり・オイル下がりとは?
現代のバイクは一般的に4ストロークエンジンが採用されており、エンジン内に潤滑用のオイルが入っています。
エンジン稼働中はこのオイルがエンジン内の隅々にまで送られる事で潤滑され、高速回転するエンジン内の様々な部品が摩耗しないように設計されています。
しかしエンジン内でオイルが入ってはいけない場所が1箇所あります。
それが燃焼室。
空気にガソリンを混ぜた混合気を吸い込み、点火プラグで着火する事で燃焼ガスを生み出す、パワーの源となる部分です。
その大事な燃焼室にオイルが混入してしまうトラブルの事を「オイル上がり/オイル下がり」と言います。
内部でオイルが激しく循環しているエンジンは燃焼室にオイルが入らないように密閉されていますが、主に経年劣化でこの密閉性能が低くなると燃焼室にオイルが混入するようになってしまいます。
オイルが混入するルートは主に2種類。
ピストンを基準として、ピストンより下に位置するシリンダー側から漏れ出たオイルが混入する事を「オイル上がり」と言います。
ピストンより下からオイルが登って来るのでオイル上がり。
逆にピストンを基準として、ピストンより上に位置するシリンダーヘッド側から漏れ出たオイルが混入する事を「オイル下がり」と言います。
ピストンより上からオイルが落ちて来るのでオイル下がり。
燃焼室の底にあたるピストン上面に対してオイルが混入してくる経路が上なのか下なのかというのがポイント。
オイル上がりでもオイル下がりでも燃焼室に入った分だけエンジンオイルが減っていくので「このエンジンは古いのでオイルを食うように(消費するように)なった」などの言い方をする事もあります。
オイル上がりでオイルの漏れる場所
シリンダー側からオイルが燃焼室に混入する「オイル上がり」は具体的にどこからオイルが上がって来るかというと、シリンダーとピストンの隙間からです。
シリンダーとピストンにはもともと隙間(いわゆるピストンクリアランス)があり、その隙間からオイルが燃焼室に入らないようにするためピストンに「オイルリング」と呼ばれる部品がセットされています。
オイルリングはピストンリングの一種で、通常は上からトップリング、セカンドリング、オイルリングの順に装着されています。
各リングはシリンダーと密着するように広がろうとするリングを縮めた状態でシリンダーに挿入されているのですが、これが経年劣化によって広がろうとする力が弱まってしまう事があります。
広がろうとする力が弱まるとオイルを十分シールする事ができなくなるので、吸気の際に発生する負圧(その負圧で混合気が吸い込まれている)によってピストン側面を潤滑していたエンジンオイルが吸い上げられてしまう……それがオイル上がりの原因です。
オイル下がりでオイルの漏れる場所
シリンダーヘッド側からオイルが燃焼室に混入する「オイル下がり」ですが、具体的にどこからオイルが下がって来るかというと、吸気バルブのステム部からです。
シリンダーとシリンダーヘッドの間に挟まっているヘッドガスケットから漏れるようなイメージがありますが、吸気バルブを支えている部品(バルブステムガイド)と吸気バルブの隙間からです。
吸気バルブには(排気バルブにも)燃焼室にオイルが入らないようにシールしている『バルブステムシール』というゴム製の部品がセットされています。
このゴム部品がエンジンの熱やオイルによって経年劣化して固くなるとシール性が低下してオイルを止める事ができなくなっていきます。
吸気の際には吸気バルブ周辺に強烈な負圧が発生するので、バルブステムシールが劣化するとオイルが吸いだされてしまう……これがオイル下がりの原因です。
ちなみに同じバルブでも排気バルブからは吸い出されません。
高温になる排気バルブの方がバルブステムシールは劣化しやすいのですが、燃焼室に負圧が発生する吸気行程では排気バルブは閉じているので吸い出されないからです。
排気バルブが開くと排気の流れや排気脈動で多少吸引されますが、強大な吸気負圧が発生する吸気バルブ側の方が深刻で、オイル下がりと言うと普通は吸気バルブステムからの流入を指します。
オイル上がり/下がりが起こるとどうなる?症状は?
オイル上がりやオイル下がりは『本来なら入ってはならない燃焼室にオイルが混入してしまう事』なのでエンジン故障の一つです。
燃焼室内にオイルが吸い込まれると様々な害をもたらします。
まず目に見える不調として排気ガスにオイルが混入するのでマフラーから白煙を噴くようになります。
最初は僅かに出る程度ですが、時間とともに悪化していき、最後は常に白煙が見えているような状態になります。
白煙が出るという事はその煙の分だけエンジンオイルがエンジンの外に放出されている事を意味するので、エンジンオイルが減るようになります。
これも最初は僅かですが、ひどい場合は1000kmで1リットルくらい減ってしまう事もあります。
もともとオイル量が少ない車種では気付かないうちにオイルが減り、致命的なダメージを与えてしまう事も有り得ます。
点火プラグにオイルの燃えカスが付着するのでプラグが点火しにくくなります。
プラグ電極がオイルで濡れるとカブった時のような症状が出るので始動性悪化やアイドリング不調に陥りがちです。
最悪は蓄積したカーボンで電極が短絡してしまい、全く点火できなくなる事もあります。
近年のエンジンでは排気管の途中のあるO2センサー(ラムダセンサー)に付着して正常に動作しなくなったり、排気触媒に付着して通路を詰まらせたりします。
あと、単純に臭い!
オイル上がりとオイル下がりの見分け方
どちらの場合も症状としてマフラーから白煙を噴くのですが、オイルを燃焼室内に吸い込んでいる場所が異なるために吸い込まれるタイミングも異なり、結果として盛大に白煙を噴くタイミングが異なります。
以下の基本を押さえておくと、同じ白煙でもオイル上がりのトラブルなのかオイル下がりのトラブルなのかを予想する事ができます。
エンジン始動直後、アイドリング中、エンジンブレーキ使用時に白煙が多く出る場合はオイル下がり
始動直後やアイドリング時はエンジン回転が低く、スロットルは全閉になっているはずです。
スロットルが閉じているという事はエンジンが吸おうとしている空気を制限している事になるので、吸気通路内に大きな負圧が発生します。
この状態で吸気バルブが開くと吸気通路内に突き出たバルブステムとバルブステムガイドの隙間にも負圧が作用し、劣化したバルブステムシールの隙間を通ってエンジンオイルが燃焼室に吸い込まれて白煙が出ます。
エンジンブレーキを使って減速している場合は更に強烈で、エンジンは勢いよく回っているのにスロットルは完全に閉じている状態ですから、吸気通路内に発生する負圧はアイドリング時の比ではありません。
バルブステム部分から猛烈にエンジンオイルを吸い出す事になるので、盛大に白煙を噴き出します。
スロットルを閉じた状態の方が白煙が多い、エンジンブレーキ使用中は更に白煙が多くなる、これがオイル下がりの特徴です。
スロットルを開けて加速中に白煙が多く出る場合はオイル上がり
スロットルを開けてエンジンの回転数が上昇すると、吸気通路内の流速は上がりますが負圧は小さくなります。
負圧が減るのでオイル下がりを生んでいたバルブステムシールからのオイル吸い出しは減ります。
逆にエンジン回転数が上昇するとピストンの移動量は増えます。
するとピストンに付いている張力の弱ったオイルリングがエンジンオイルを十分に掻き落としにくくなり、落しきれなかったオイルが燃焼室に吸い込まれます。
エンジン回転数が高くなるほど掻き落とせないオイル量が増えるので、スロットルを開けて回転数を上げるほど白煙の量も増えます。
スロットルを閉じている時よりスロットルを開けて高回転で加速している時の方が白煙の量が多くなる、これがオイル上がりの特徴です。
スロットルを開けて加速してもエンジンブレーキを使って減速しても白煙の量にあまり差が感じられない場合もあります。
経年によってエンジン内にあるオイルの侵入を防ぐ部品が機能を失って起こるのがオイル上がりやオイル下がりですが、エンジン全体が同じように経年劣化するとオイル上がりとオイル下がりが同時に発生してしまう事もあるからです。
ただし、エンジン内部パーツが揃って寿命を迎える事は珍しく、滅多な事ではそうなりません。
先にオイル上がりを起こしていたのに気付かず運転し続けていたらオイル下がりも始まってしまい、気付いた時には同時にトラブルが発生したように見えただけというのが真相でしょう。
いずれにしても、
オイル下がり = バルブステムシールの劣化 = 吸入負圧でオイルを吸い込むので減速時により盛大になる
オイル上がり = ピストンのオイルリングが劣化 = 回転上昇に伴いオイルを十分に遮断できなくなるので加速時により盛大になる
こう覚えておくと比較的簡単に見分けがつくようになります。
オイル上がりとオイル下がりの直し方は?原因、対策を解説
実はオイル上がりでもオイル下がりでも修理のためにはエンジンを開けて内部のパーツを交換しなければなりません。
エンジンは車体から下して分解する行程が最も大変なので、「オイル下がりの方が簡単に直せる」とか「オイル上がりの方が修理が大変」といった差はあまりありません。
オイル上がりであればエンジン分解してピストンを取り出し、ピストンリングを交換する必要があります。
場合によってはピストン本体やシリンダー交換なども実施しなければならないかもしれません。
シリンダースリーブ打ち換えやシリンダーボーリングといった大手術が必要になる可能性もあります。
オイル下がりではエンジン分解してシリンダーヘッドを取り出し、様々なパーツの奥にあるバルブステムシールという小さなゴム部品を交換する必要があります。
こちらも場合によってはバルブ交換、もっと重症ではバルブステム打ち換えといった大手術が必要になります。
どちらもとても大変。
空冷の旧車などではかなりな白煙を吹いていても「旧車はそんなもの」としてそのまま乗られている場合があります。
その理由は本格的な修理をしようとすると『腰上オーバーホール』と呼ばれる大掛かりな作業が必要になり、とても面倒な作業になる事がわかっているから……かもしれません。
修理費用は?
修理費用は「とても高い」です。
ただし、一概に「〇〇円くらい」とは言えません。
排気量はあまり関係ありませんが、ピストンが何個あるか?バルブは何本あるか?はエンジンによって全く異なるので、そもそも修理に必要な部品の数が全然違います。
ホンダのモンキーやカブ、ヤマハのSRといった『単気筒2バルブエンジン』が最も単純で、ピストンも吸気バルブも1個づつで済みます。
逆にスズキのGSX1100Sカタナ、カワサキのGPZ900Rといった『4気筒4バルブエンジン』ではピストンが4個必要ですし、吸気バルブに至っては8個もあります。
また、どこまで修理するか?も微妙です。
例えばオイル下がり修理でバルブステムシールを交換するとして、同時にバルブガイドも新品に打ち換えるか否かで費用は10倍以上違ってくるはずです。
さらに、どこまで交換する必要があるのかはエンジンを分解してみないと判らない事が多々あり、バイクショップで相談しても「開けてみないとわからない」と言われる事が多いはずです。
これはバイクショップの腕が悪いのではなく、本当に開けてみないと判らないのです。
真面目なショップほど安易な見積もりは出さないはずなので、白煙の症状を伝えて相談してみてください。
いずれにしても費用は「とても高い」です。
添加剤で直るか?
恐るべき修理費用になる可能性があるのに怖気づいて、何とかして分解整備しないで修理する方法は無いものか?と考えるのは仕方ありません。
調べてみると「オイルリーク(オイル漏れ)を止める」と謳っている添加剤が販売されている事に気付くと思います。
しかし、残念ながらこれらの添加剤はオイル上がりやオイル下がりには全く効果がありません。
そういった添加剤はエンジンの合わせ面などから微妙にオイルが滲むような部分では有効な事があります。
エンジンの隙間からオイルと一緒に漏れた添加剤が空気中で凝固して漏れを止める……といった効能である事が多いのですが、今回修理したい部分は全てエンジン内部なので効果を発揮できないのです。
フラッシングしたら直るか?
これは微妙です。
長期保管してあった不動車などでは、エンジン内にあったオイル分が揮発してタール状になり、この不純物が原因でピストンリングが張り付いて張力が無くなってしまっている場合があります。
ピストンリングが役割を果たさないのでオイル上がり症状が出るはずです。
そういった場合、フラッシングでエンジン内を洗浄するとタール分が落ちてリングの張り付きが解消され、オイル上がりが解消する可能性はゼロではありません。
逆に言えば長期不動車ではないのに白煙が出るようになった車両の場合、フラッシングする事でオイル上がり/オイル下がりを緩和する効果は無いと考えて良いでしょう。
オイル粘度を上げたら直るか?
これも微妙です。
オイル粘度を上げれば燃焼室にオイルが吸い込まれる狭い隙間を通過しにくくなるので、白煙の量を減らす事はできるはずです。
極端に言えば、エンジンオイルの代わりに高粘度グリスで潤滑すれば隙間からの吸い込みは不可能なので完全に白煙を無くす事ができるでしょう。
しかし、白煙を減らすためにエンジンに最適ではないオイルを使用するのは本末転倒です。
白煙が出ない代わりに非常に回転の重いエンジンのバイクに乗っても楽しくはありません。
ではそこまで粘度の高くないオイル、例えば10W-40のオイルの代わりに15W-50のオイルを使ったら直るかというと、ほぼ直りません。
多少は改善されますが、その程度の粘度変化で白煙が消えたりはしないです。
いきなり走行不能にはならないが自然治癒もしない
オイル上がりもオイル下がりもエンジン内部のパーツが経年によって機能を失うのが原因です。
あくまでも経年劣化によるものなので、回転部品が破損してエンジンブローするように瞬間的に発生する症状ではありません。
乗っているうちにだんだんマフラーから出る白煙の量が増えて行く……そういうトラブルです。
徐々に進行するものなので、ある日突然いきなり走行不能になったりはしません。
そして勝手に直ったりもしません。
すり減ったゴムが元に戻ったり、固くなったゴムが柔らかくなったりはしないからです。
どれだけ待っても自然治癒する事は無く、修理しなければ悪化していく一方です。
オマケ:2ストロークエンジンにオイル上がりやオイル下がりはあるの?
4ストロークエンジンと違い、2ストロークエンジンはエンジン内にオイルを溜めている部分がありません。
吸気バルブも無いのでオイルが吸い出されるバスルブテムシールも存在しません。
吸気バルブが無いので「オイル下がり」はありません。
さらに、クランクケース内に潤滑オイルを溜めていないのでピストンにはオイルリングが存在しません。
よって「オイル上がり」もありません。
2ストロークエンジン特有の排気煙は、潤滑の終わったオイルがきちんと燃えて排出されている証です。
マフラーから白煙が出ているのは極めて正常なのでお間違え無く!
からの記事と詳細 ( たまに聞くエンジントラブル用語「オイル上がり」「オイル下がり」って何? - Webike Plus )
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