「ウクライナに侵攻するロシア軍のドローンに、日本製の模型飛行機用エンジンが使われているらしい」。そんな話を耳にし、ウクライナ、日本国内を走り回り、「裏取り」を進めた。取材期間およそ3カ月。現地から動画を入手し、関係者の証言を積み上げた。通い続けた小さな町工場のエンジニアは、次第に重い口を開き始めた。「メイド・イン・ジャパン」のエンジンはなぜ戦地で重宝されたのか。その謎が少しずつ明らかになっていった。
テレビ朝日社会部 松本健吾
◆きっかけはウクライナ軍のネット動画
「見てくれよ。これは日本製のカメラだ。…。エンジンも日本製らしい」
きっかけは、ネットで拡散されていた動画だった。 ウクライナ軍の広報官は、時折笑顔を見せながらカメラに語りかけていた。ロシア軍の偵察ドローン「Orlan-10」を解体する様子だ。外国の軍隊が日本製品を使う例はそれほど珍しくはない。この動画には映っていなかったが、日本製のエンジンも使われているという。
さらにSNSなどで調べると、ロシアのドローンに日本製エンジンが使われているという話は、ネットで去年夏に専門家が指摘していて、使われているのは日本の模型飛行機用のエンジンだということがわかってきた。「おもちゃ」のエンジンが国と国との戦闘に使われているのか?まずはそこに面食らう一方で、更に興味を惹かれた。撃墜された「Orlan-10」のエンジン部分が映っている、それらしい写真が複数ネットに転がっているものの、報道できるような確たる証拠はなかった。「自分の目で、軍事転用の実態を確認したい、証明したい」そんな思いを持った。
そして、限られた情報をかき集めると、エンジンを作っているのが「SAITO」という企業らしいことがわかった。日本で模型飛行機用のエンジンを作る会社は限られている。 千葉県市川市にある「斎藤製作所」だ。
◆うちの製品です……“世界のSAITO”は認めた 斎藤製作所は1949年創業、従業員20人ほどの小さな町工場だ。創業者は、太平洋戦争中に日本軍の主力戦闘機だった「ゼロ戦」エンジンなどを製造したエンジニアだった。世界に「SAITO」の名が知られるきっかけになったのは、2006年に製造開発に成功したエンジンだ。 それまで、模型飛行機のエンジンの主流は“グロー燃料”と呼ばれる、一般ユーザーにとっては入手・管理が難しい混合燃料が使われていた。斎藤製作所は入手しやすい「ガソリン」を燃料にするエンジンを作り出し、業界に衝撃を与えた。 このエンジンがウクライナ侵攻に使われているのか。一体どういうエンジンなんだろう。なぜロシア軍は日本の、従業員20人の町工場の技術を選んだのか、その事情を知りたいと思い、斎藤製作所に取材を申し込んだ。 だが、返ってきたのは、 「取材には、すべてのメディアにファクスで回答しています」という答えだった。肩透かしにあった気もしたが、質問をリストにして送信すると、その日のうちに、長文の丁寧な回答が返ってきた。
「現在いくつかのインターネット記事にあるロシア製偵察用ドローンの撃墜写真や動画の中で、弊社製品であろうと思われるものが散見されております」「弊社製品に対し相当の改造が施された形跡が見られました」
自社の製品がウクライナで戦闘に使われていることを認めた形だ。
また、ロシアの“ラジコンホビー関連”の代理店や、産業用ドローンを扱う商社と取引していた実績があったこと、産業用ドローンは「森林火災の防止、国境での密漁や密航監視」の用途で使われると説明されたという。
「軍事、兵器用途では使用を認めない旨、同意の上で取引に至りました」 そのうえで、 「ロシア軍にいかにして弊社製品が供給されたか、(中略)確固たるものは分かりません」とも書かれていた。
実は経済産業省は去年、斎藤製作所のエンジンが軍事転用されているおそれがあるとして、「ロシア向けに輸出する際は許可が必要」との通知を、斎藤製作所側に出していた。
「輸出許可の取得はかなり難しいと判断し、…取引の停止を申し上げました」。1年以上、ロシアとは一切の取引を行っていないという。
「産業用ドローンを扱う商社」とはどんなところなのか。取材を進めると、ロシア・サンクトペテルブルクに拠点があり、取引先には「ロシア国営ガス会社」が含まれるなど、ロシア政府に近い会社があることがわかった。斎藤製作所によると、2011年からロシアへ産業用としてもエンジンを卸し始めたという。2014年にこの産業商社と代理店契約を結び、以降は取引を停止する2021年8月まで契約は続いた。11年~21年の10年間で約1千個のエンジンをロシアに産業用として卸していたという。
軍事用偵察ドローンに転用された斎藤製作所のエンジンは、この商社経由で流出したのか。
◆ウクライナ取材へ… 「自分の目で確かめたい」
そんな中、5月に2回目のウクライナ出張の機会が巡ってきた。出発前、斎藤製作所を訪ね、手紙を届けた。 取材の返答へのお礼とあわせ、ウクライナに行くこと、SAITOエンジンの軍事転用の実態を調査してくることを説明し、帰国後にもう一度挨拶させてほしい、と書いた。
取材日程は、約3週間。経由地のポーランドに入る前から、ウクライナ取材のコーディネーター、ターニャ氏と連絡をとり、「ウクライナ軍が撃墜したロシア軍のドローンOrlan-10のエンジン部分の映像を入手したい」と伝えた。自分たちで入手した情報で、自分たちの目でSAITOのエンジンを確認しなくては、ニュースにすることはできない。そのためにはウクライナ軍の協力が必要だ。 だが、いざウクライナに入り、正式な取材依頼のレターを送っても、ウクライナ軍からは全く返事がなかった。帰国日は迫る。焦りだけが募った。 指をくわえて返事を待つわけにはいかない。何とか軍の中枢に近づきたいと、ウクライナ軍ドローン部隊の取材をターニャ氏を通じて申し込んだ。
今回、ロシアのウクライナ侵攻後、現地では「ドローン戦」とも評されるほど、双方がドローンで集めた情報を、部隊の配置などに反映させている。ウクライナ軍は特に、手に入りやすい民間ドローンを活用している。主に中国製とみられ、映像の情報を前線の攻撃部隊と共有し、敵の位置を把握し、攻撃を加える。3Dプリンターでつくった軽量な部品を使い、小型爆弾も搭載可能な手のひらに乗るようなドローンも確認した。
取材が可能となったのは、ウクライナ西部の小さな村にある「ドローンアカデミー」。 ウクライナ軍関係者の先導で、絶対に場所を明かさないという条件のもと建物に入ると、およそ30人のウクライナ軍兵士が、講師の男性からドローンの操縦法を教わっていた。 講師のドミトロ氏は、元はドローンレースの選手だった。戦争が始まってから、ボランティア講師として参加しているという。 ドミトロ氏と雑談をする中で、実は彼も模型飛行機の愛好家で、SAITOのエンジンを使っていたことがわかった。 そこでドミトロ氏がぽろっとこぼした。「自分がドローンアカデミーで教えた生徒の多くは、ウクライナ東部・ドンバス地方などの最前線で偵察任務を行っていて、Orlan-10の回収もしている」 追い求めていたOrlan-10が突然目の前に現れた。 「このチャンスは逃せない」
ドミトロ氏にこちらの意図を伝えると、一人の男性を紹介してくれた。 男性はドローンアカデミーの取材中、ただ一人、覆面をかぶり、自動小銃に手をかけている人物だった。取材時の約束で名前は書けない。あとから、ウクライナ軍の諜報部門に所属し、ドローン関連の情報管理を担当する人物だとわかった ターニャ氏の通訳で、「Orlan-10の解体映像を入手したい」と伝えると、「上と相談してあとで連絡する」と返ってきた。
期待が膨らんだが、いくら待っても、ウクライナ軍から取材許可の連絡は入らなかった。
◆「3時間以内に返答を」見知らぬ番号からの着信
6月14日にはウクライナを出てポーランドへ戻らなければならない。12日朝になっても、連絡はなかった。ターニャ氏は、「今回はさすがに時間が短かった。そう簡単に入手できるものではない」とため息をつく。 夜、ホテルで日本から持ってきたインスタントヌードルを食べながら、その日の取材分の原稿を書いていると、デスク脇に置いていた携帯が鳴った。ターニャ氏からのボイスメッセージだった。
「I found a Orlan for you」(あなたのためにOrlan-10を見つけたよ)
メッセージを聞いた瞬間、 ウクライナ軍から連絡があったのだと察した。 すぐに彼女に電話をかけて詳細を確認すると、彼女のもとに知らない番号から電話がかかり、「Orlan-10を用意できた。前線で回収されたOrlan10を軍の保管庫に移す前に、解体する。エンジン部分のどういったところの映像が欲しいのか、3時間以内に連絡を欲しい」と言われたという。 「解体の全シーン」、「加えられている改造を一つ一つ撮影」、「SAITO製とわかるエンジンの形状」が欲しい、とターニャ氏を通じてリクエストした。 帰国までには間に合わなかったが、動画は後日、秘匿性の高いクラウド経由で送られてきた。 ウクライナとの時差6時間、深夜3時にダウンロードが完了した 3分46秒。 寝ている家族を起こさぬようイヤホンをし、動画をクリックする。 プロペラのついたグレーの機体が映し出された。 エンジンが姿を現す。独特の形。「間違いなくSAITOのエンジンだ」。だが、そのロゴは 手書きの文字で隠されていた。 「斎藤製作所にこの事実を伝えに行かなくてはいけない」。そう、心に決めた。
画像:ウクライナ軍が公開したロシア軍偵察ドローン「Orlan-10」の解体動画
からの記事と詳細 ( ウクライナのロシア軍ドローン 町工場エンジン狙う? 戦場のメイド・イン・ジャパン上 - 東日本放送 )
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