近年はハードなオフロード遊びに夢中だった俳優の大鶴義丹さんがスズキGSX1100Sカタナを入手。連載第3回ではスペアエンジンを入手し、さっそく全バラに……。公式YouTubeチャンネルではカタナで首都高を流す映像や、エンジン全バラシーンを公開中!
●文:大鶴義丹
大鶴義丹(おおつる・ぎたん)/1968年4月24日生まれ。俳優、作家、映画監督など幅広いジャンルで活躍。バイクは10代の頃からモトクロスに没頭。その後、ハヤブサやGSX-Rシリーズでカスタム&サーキット走行も楽しみ、最近はハードなオフロード遊びがメイン。2012年に公開された映画「キリン」では脚本監督を手がけた。映画「キリン」から10年が経過し、スズキGSX1100Sカタナを入手した。
「エンジンの買い置き」
ゴマ油からシャンプーまで、うちの妻はすべてを「買い置き」し過ぎるクセがあり、それが原因で夫婦ケンカになることが多い。しかしそんな私も、カタナの中古エンジンを「買い置き」した。
その理由は至極簡単。今の乗っているエンジンは絶好調なのだが、それをオーバーホールして、究極の新品ノーマル状態にしたいからだ。
だが素人故に、完成の目途や失敗するリスクが高い。すると場合によってはカタナが不動車になることもある。だったら、中古エンジンを買い足してオーバーホール。完成したら今のカタナに載せれば良いと気がついた。そして今のカタナから取り外したエンジンを、再びオーバーホールと、無限ループが始まる。
「エンジンはオモチャだ」
今のように、オモチャまですべてがデジタル化される以前、昭和の子供は自分のオモチャを分解した。誰でもそんな記憶があるはずだ。
私もオバアチャンに買ってもらったミニカーからゼンマイで走る車、電池で動くロボットまですべてを分解した。とくに電池で歩くロボットの内側を見たときの興奮は今でも鮮烈に記憶にある。モーター、歯車がアームを押し引きして、それが足を順番に動かし、ヨタヨタとロボットが歩くことになる。その仕掛けを理解するや、子供ながらに、この世の中のすべての「理」を手に入れたような気持ちになった。
16歳になり、バイクの改造に没頭した。将来は、バイク関係のエンジニアや研究者になれたらと思っていた。しかし人生は残酷なもので、自分は「文系」であることを悟った。
そんな酸っぱい青春の「悟り」から40年近い時間が過ぎようとしているが、三つ子の魂ナンチャラで、結局、仕事以外の時間と金はすべてバイクになってしまった。最近では「色気」よりも「排気」ガスばかりで、電動からエアツールまでと、小さなバイクショップが営めるような工具や設備を自宅バイク部屋に投資して、重整備は当然のこと、エンジンを開けるのが楽しくて仕方がない。
「中古エンジンという、おみくじ」
手に入れた中古の空冷カタナエンジンは、見た目は上物だが、それでも中古エンジンはプロにとっても、難しい「おみくじ」であるという。
空冷カタナの販売から、カスタム、レストアと、空冷カタナに精通しているテクニカルガレージRUNのS社長曰く、元気に走っている車両から取り外したエンジンなら予測はできる。だが現実的に、走っている車両からわざわざエンジンを取り外すことはない。つまりエンジンが単体になるということは、必ず何かしらの「理由」が多かれ少なかれあると。
私の厄介事すべてを無茶振りされているS社長は、いよいよ面倒見切れないと泣きそうな顔をしていたが、高円寺で美味いヤキトンとホッピーをおごれば何とかなるだろう。
「内燃機関はヘリテイジだ」
若いときから、四輪のエンジンのターボチューニングや、新しいバイクのエンジンオーバーホールは何度も経験しているが、古い空冷四気筒のレストア的なオーバーホールは初めてだ。
四輪R32GT-RエンジンであるRB26DETTでは、タービン交換からボアアップまで経験している。だがそれは、そのエンジンが最新であった時代でのこと。大きなものから小さなものまで、すべての純正の新品パーツが安く手に入った。
空冷カタナのような、クラシックバイクに足を踏み入れているような車種ではまったく話が違う。新しいエンジンと古いエンジンのオーバーホールやチューニングの違いは、単なる部品交換だけでは済まないことだ。
とくに空冷カタナの純正パーツは、エンジンの主要重要パーツがぞくぞくと廃盤になっている。幾つかの有名カタナ専門店が、頑張って空冷カタナの「復刻パーツ」を製造しているが、それでもすべては追いつかない。ピストンやカムなどの派手な改造パーツなどではなく、地味ながらエンジンの機能を支える重要パーツが手に入らない。
スズキにとって空冷カタナというのは、唯一無二の「歴史的アイコン」であるのは言うまでもなく、それが動態保存できなくなってしまう意味を分かっているのだろうか。電化の潮流があるからこそ、逆に空冷カタナをヘリテイジする必要があるはずだ。だが今の日本の大企業に、そんな気概を求めるのは難しいのかもしれない。社内でそんなことに熱を上げたとしても出世街道には関係ない。逆に飛ばされるかもしれない。
そいう点ではカワサキが英断した、空冷Zエンジンの「シリンダーヘッド公式再販」などは、あらためて凄いことなのだと理解した。
「首都高の青い鳥キング」
私が手に入れた空冷カタナのエンジンは、1986年製の黒エンジン。考えると、それが生まれたのは私が高校二年のときだ。それくらい大昔のクラシックバイクということ。
空冷カタナの750といえば「バリ伝のヒデヨシ」を思い出すが、私はどうしてか、「あいつとララバイ」の首都高の青い鳥キングが青春の憧れだった。1100のカタナは、研二君がアメリカに渡った先で知り合った「ディーブのフルチューンカタナ」が懐かしい。
カタナで首都高を走っているYouTube動画などを作ってみたりしたが、同年代などから結構な反響があった。やはりみんな、あの頃が忘れられないのかもしれない。
「空冷カタナ、オーバーホールの現実」
勉強しながらの分解と清掃なので、ヒマを見てのスローペースだ。全バラまでで、大体半月ほどの時間がかかった。
実際に空冷カタナのエンジンを完全分解して感じたのは、40年近い時間を取り戻すのは簡単ではないことだ。表面的にはキレイでも、計測して数値化すると、その劣化は生半可ではない。
エンジンを分解し始めた当初は、軽いチューニングなどもしたいと「スケベ心」もあったが、現実を知るや、可能な限り「ノーマル維持」が理想だと理解した。
とくに肝心要のクランクシャフトなどは、有名専門店自体でも良いものが手に入らずに難儀している。厄介なことにカタナ1100のクランクシャフトは、空冷Zのように分解が困難な構造で、専門の内燃機職人でも嫌がる。またクラッチの外側にある、「通称・バスケット」とも言われる大きな消耗部品も廃盤状態で、私もこれの入手のために海外サイトを駆けずり回っている。
純正レストアに必要不可欠なオーバーサイズピストンも廃盤、ミッションなどの細かいパーツも同様で、ショップレベルでは再生できないロッカーアームシャフトなども廃盤。エンジン内部の消耗品において廃盤のオンパレードだ。
実際に自分の手で分解して、入手不可能になりつつある主要パーツの存在意義を理解するや、改造チューニングどころではないと思った。良いオイルをケチらずに入れ、壊さないように大事に乗るしかない。サーキット走行など「論外」ということになる。
しかしそれは同時に、バイクとしては「ツマラナイ」ということになってしまう。大型バイクなのでガツンと回して元気よく乗り回すのが正しい姿だ。二律背反、正しい答えはない。それぞれのライダーが決めていくしかないだろう。
ただしエンジンを壊したら、金銭で解決できないことも含め、想像を絶する苦労が待っているのは現実だ。そこから目を背けてはいけない。
「自宅エンジンオーバーホールの意義」
自宅でのカタナエンジンのオーバーホールは、機械好きとしては「至福の時間」であると同時に、旧車の現実を知る「悲しい旅」の始まりでもあった。この先も、さらなる困難が待ち受けているのは避けられないと覚悟している。だが、より深く空冷カタナという存在を知るということにおいては、これ以上の方法はない。
今はまだ、エンジン全バラの段階であるが、通常のバイクメンテでは不可能なレベルな情報量が、肌感覚も含めて私の中に蓄積された。
これらはお金では手に入れられない。悩みながら、自ら油まみれになった者だけ手にいれられる、とても大きな「財産」だ。
これから先は、テクニカルガレージRUNのS社長と相談しながら、可能な限りノーマル維持の方向で、部品の計測、内燃機屋さんにどんな施工をしてもらうか、パーツの再利用、復刻新品パーツの有無などを、お盆明けに決める予定だ。
※本記事は”ミリオーレ”が提供したものであり、著作上の権利および文責は提供元に属します。なお、掲載内容は公開日時点のものであり、将来にわたってその真正性を保証するものでないこと、公開後の時間経過等に伴って内容に不備が生じる可能性があることをご了承ください。 ※特別な記載がないかぎり、価格情報は消費税込です。
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