Monday, July 11, 2022

「俺たちはエンジニアリングで世界を動かせる」 村井純×登大遊×田中邦裕が語る、世界を変えるのに必要なこと - ログミーTech

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保守的な人が訳のわからんことをいろいろ言ってくるのも含めて“重要な環境”

田中邦裕氏(以下、田中):もう1つ、ラップアップの中でお話をしたかったのが、そういう人たちをどうやって生み出していくのかという話。

「世界を変えていく人が生まれていくために必要なこと」というテーマで、お話をいただきつつ締めに入っていきたいんですけれども。

ノーリスクだとか、なにかやろうとしたら叩かれるだとか、逆説的にそれらをなくせば生まれてくるものなのか。このあたり、どう思われますか?

登大遊氏(以下、登):保守的な方々が制約をかけてくるということを含めて、重要な環境だと思います。完全にそういううるさいことは言わない、自由にやってくださいという環境Aがあるとします。環境Bは、今の日本みたいに、訳のわからんことをいろいろな人が言ってくる環境です。

AとBで両方成功したとした時、その成功の価値はどっちが大きいかと考えると、複雑な状況をくぐり抜けるリスク管理に成功したBのほうが価値が大きく、その成果として当事者の頭脳の中に、そういう複雑な環境への耐性やマーケティングや、ほかの方を説得する高尚なテクニックなどが、人材の価値として生じます。

Aのほうは、やろうとすれば簡単ですが、すごく脆弱になるので、自分の意見としては、今の日本的な、非常に頭が固いという中で力をつけるということは、価値が高いんじゃないかと、逆説的に考えます。

ごく一部の物好き、超正統派は5%だと思う

田中:なるほど。一方で誰でもできるわけではなくなっちゃうというハードルがあるんですかね?

:こういうことは、誰でもできることではそもそもないのじゃないでしょうか。

相当な覚悟を持って、痛いことが発生することも十分承知した上で、なおやるべきことで、時間もすごくかかります。しかもこれがダウンすると全部止まるんやっていう変な責任感も必要なものだと思います。

これを普通の人が素人的にやると破綻すると思いますから、ごく一部の物好き、超正統派みたいな人たちは、最も基本部分の村井先生のインターネットみたいものをやるのが良いと思います。

大多数のポピュラーな方々は、たぶんその上の、一領域の上に乗ってアプリケーションとかを作る。人数比でいうと95対5ぐらいで、全員がその5パーセントのほうに入るということは多様性の観点からも難しいんじゃないかと思います。

田中:なるほど。

世界を変えていくためには抵抗勢力を説得しなければならない

村井純氏(以下、村井):世界を変えていくことをやろうとすると、やはり必ず少し抵抗感のある人や体制を口説いていかなきゃいけないわけだよ。

やりたいことをやる、そのエネルギーが10要るとすると、1とかを、抵抗勢力を説得するために使えばいいのかなという考え方をしていたかもしれないんだよね。

例えば、「電子メールってなんで要るんだよ?」と言われた時に、電子メールって、便利だよと使ったことのない人に説得しなきゃいけないんだけど、これってけっこう難しいんだよ。

俺は最初に、どうしても数理工学科という慶応の数学の研究室にVAXかPDP-11を買ってもらいたいと思っていたんだけど、そうすると、数学の先生を説得しなきゃいけないんだよ。この人にうんと言わせないとダメで、面倒くさいけどその時、このおじさんたちが喜ぶのは何だろうなと考えて、ドットプリンターに「TeX」のドライバー書いたんだよね。

縦横比を考えて、でかい字を出して、それを縮小コピーして、TeXのドライバーを書いたら、「おお、コンピューターって役に立つな」って数学の先生が言うと思って、そのドライバーを一生懸命書いた。

ウニョーって、論文をラインプリンターみたいなでかい紙に縦に出して、縮小コピーするときれいにTeXで書けるとなったら、大喜びであっという間に買ってくれたんだよね。そのドライバーを書くのは、俺にとってはなんでもないことなんだよね。さっきの10のうちの1もないような0.5ぐらいで、とりあえず説得できたかなということで、「VAXいただき!」みたいな。

そういうズル賢さはあったかもしれないよね。絶対に抵抗勢力があるから、それを仲間に入れなきゃいけないし、名前を言えない某電話会社もインターネットが出てきて嫌だという人も中にはいっぱいいて、それを説得するためにはどうすればいいかとか、そういうことはやはりちょっとずつやっていかなきゃいけない。

俺は絶妙なバランスがあったとは思っていないけど、ただやはりそういうことを少し裏では考えながらやっていたところもあって、敵を喜ばせるみたいな、敵を懐柔するみたいな、そういうやり方はしていたかもね。

新しいソフトウェアで世の中をひっくり返す時は、やはりそこはちょっと気をつけなきゃいけないかもしれないよね。

「ここより先も変えてもいい」を、いかに認知してもらえるかが課題

田中:それこそ登さんが言っていたように、変えようとできる人が5パーセントぐらいしかいなくて、おまけに、説得のノウハウもすごく難しいと。絶妙とおっしゃったように、要は定量化できるようなものでもないと思うんですけれども、それでもそういう人たちが生まれてくるためにはどうしたらいいんでしょうか。どういうことがありますかね?

:「こういうことをやってください」って大人が子どもに言うと、だいたいそのとおりにはやらないんじゃないかと思います。我々も、こういうことは禁止やとか、通信規制やとか、配布停止しろとか経産省に言われた時に、「あっ、これはちゃんとやらなあかんな」と思ったので、箱物みたいな感じで「やれ、やれ」と言うんじゃなくて、むしろ「本当は禁止やけど、ちょっとやってもええよ」みたいな感じでやると、自然にそういう知識を手に入れる若い方々が増えるんじゃないかと思います。

田中:なるほどね。やりたければ覚えますからね。

村井:VPNとかでインフラを変えようって、例えば登さんが言っているようなことを見た時に、「なんでこんなことをやらなきゃいけないんだっけ?」って思うと、今の例えば、ネットワークアーキテクチャがおかしいんだよね。例えば全部のトラフィックを乗せていくと当たり前だけど明らかに、「Netflix」と「YouTube」にオプティマイズされているわけだよ。

この間、手術ロボットを接続するという、通信で手術ロボットを見たりコントロールしたりということをやったんだけど、だいたい手術屋とゲーマーが、レイテンシーにうるさいから。インターネットにとっては2大嫌なんだよね。

レイテンシーにうるさくなってくると、レイテンシーオプティマルなネットワークアーキテクチャがないわけ。レイテンシーだけ考えていくのはどうやったらできるかというと、オーバーレイのネットワークでトンネルを掘っていって、一番レイテンシーの低いところをどうやって作るかみたいなものはできるわけだよ。

今のネットワークって結局、全部を載せることにオプティマイズし過ぎ始めているじゃないかと気がついて、それならこういうふうにすればいいじゃないかと気がついたら、それをやってみる。

つまり、現状の問題点は常にあるから、そいつを俺が直すんだって思ってくれれば、世界を変えていく人はどんどん生まれてくると思うんだよね。これはおかしいだろうと、こんなの俺にやらせりゃすぐできるよと。こういう人はいっぱいいると思うんだよね。

田中:確かに。さっきフェアリーデバイセズの藤野さん(藤野真人氏)が講演されていましたが、低いレイヤーから上のレイヤーまで自分でやると、自由度が非常に高いからやれることが多いとおっしゃっていたのが印象的でした。

どうしても今は、特定のレイヤーだけでなんとかうまくやろうとするんだけれども、それを突き詰めていっちゃうと、すべてのものが載ることに最適化しちゃうと。ということは特定用途であったり、このほうが絶対いいよねということに対して物理の改善が起こらない世界がやってくるのかなと思うんですよね。

そういった意味で、ここよりも先を変えてもいいんだよということを、いかにみんなに認知してもらえるか。ここから先は変えられるものなんだと。それこそパブロフの犬みたいに、ここから先で1回ポンと叩かれても、いや、そこの先に行けるんだよということを教えていく。小学校の時に、自由にやることを制約される児童も多いと聞きますから、アンラーニングさせて、もう1回それにチャレンジさせる施策が必要なんですかね。

村井:今のポイントですごく重要なのは、物理レイヤーから本当にやりたいことまで、どういうアーキテクチャでできているんだっけなと考えること。その多くの部分は既成の技術の積み重ねだから、そこをいじれたらこの問題解決するじゃんとか。

解かなきゃなと思ったことに知恵は出てくる

村井:だから、ゲームのソフトウェアを書いている人は、やはり恐ろしいなと思う時がある。

例えば、地球の裏側に行くのに、光の速度で行って帰って、RTT(ラウンドトリップタイム)で133ミリかかるんだけど、僕はブラジルとやっても絶対に50ミリじゃないと困るんですと、ゲーマーが言ってきたんだよね。お前は光の速度がわかってんのかって喉まで出たけれど、よく考えてみたら、そいつをごまかす方法はいくらでもあるんだよね。

133ミリ行って帰ってくる通信を、50ミリセカンドで動いているかのように見せる方法は、いろいろなアイデアがあってさ。やはり誰でもこういうところの発想は持っているんだよね。

坂本龍一さんが、武道館でやるコンサートで、ニューヨークとベルリンと東京の3者で合奏したいんだよねと言うから、「え?」ってなってさ。合奏ってレイテンシーがあるからできないよねと言うけど、やはり理想論として世界でつながったからそこで合奏したいって思うんだよね。

それで、時差8時間のところで音楽をハーモニーで作るのは、レイテンシーもあるし無理だよなと思っていて、学生に聞いてみたんですよ。

だけどその学生は「先生それは簡単ですよ。北極の上に行って、3つの3時間の時差の線の上に乗って、肩を組んで一緒に歌えばいいですよ」と。そりゃそうだわ。この発想は学生に聞いてよかったなと思ったんですよね。

なんかおかしいなとか、解かなきゃなと思ったことに、知恵は出てくるんだよ。

さっきのゲームの話でいうと、133のレイテンシーを持っているところを50ミリで戻ってきているとするなら、先打ちするしかないわけだよね。先打ちしておいて、相手に違うことをやられたらあとから謝るみたいなアルゴリズムを作らなきゃいけないんだけどさ、それでだいたい動くだろうという発想が出てきたことに、やはりすごく価値があると思う。

これをやりたいと思っているからそれが生まれるんですよ。さっきの時差8時間でどうしても合奏したいなら、いろいろな方法が考えられる。

今回COVID-19で、バンドがスタジオに集まれなくて、ヤマハも相当苦労しています。それでどうやって合奏させるかって、あの手この手の、それこそインチキ知恵をいっぱい作っているんだよね。

すごいでしょう。みんなローリングストーンズだって、それぞれの自宅から1曲を演奏しちゃうんだから。アカペラだってすごいでしょう。あれも別に魔法じゃないわけだよ。やりたきゃやるんだよ、アカペラサークルをネットワークの遅延の中でどうやって作ろうかなという知恵は出てくるんだよね。

今は課題を持つ人とつながることでネットワークエンジニアリングで貢献できる

村井:今は、アーキテクチャやソフトウェアの構造だけじゃなくて、たくさんの人がこの環境を使うようになったから、その人たちが本当にやりたいことと組んで、この人が本当にやりたいことを俺たちはソフトウェアエンジニアとしてどう助けられるだろうとか、ネットワークエンジニアとして助けられるだろうという発想で組むことが自由になってきた。

これは、すごくありがたいことだと思うんだよ。昔は、コンピューター、インターネットを使っていたのは俺たちだけだった。今はすべての人がインターネットを使っている。発想を見て、「こんなことやりたいんだ、こいつら」とわかれば、その問題を解決するためのネタの宝庫みたいな感じになるんだよ。だから、それは楽しいよね。

田中:そうですよね。登さんはどうですか?

:けしからんじゃないかと思う時に、諦めずに下のレイヤーまで潜っていっていじるというのは、非常に重要だと思っていましたから、村井先生のおっしゃるように、アプリケーションレイヤーのなにかを解決したいという人とつながる機会は多いと思います。

20年ぐらい昔は、インターネットは危ないとか言って、犯罪の感じがあったんですけど、今はインターネットが操れる、アプリケーションが書けるといったら、非常にありがたいと言われるよい時代になっているので、「未踏」の2,000人ぐらいのコミュニティは、そういうほかのところとつながればいい価値が出せると思います。

我々は、そういう最も下のレイヤーのところを一生懸命やるんですけれども、95パーセント、全部考えると、たぶんそういうところのほうが母数として並行で動かせて、試行錯誤の価値は高いんじゃないかと思います。

村井:今のアプリケーションの話も、俺たちは本質的に遠隔で手術したいと思っていないよね。ところが手術している人は、本当にそう思うんだよね。だから、こいつらと組めるのはありがたいことだよ。「いや、100ミリセカンド以上はダメですね」って、ちょっと待て、100ミリありゃハワイまで行って帰ってこれるわ、みたいな。

つまり、俺たちの力と医療のやつらの要求が結びついた時に、それこそ世界を変えられるんだよ。100ミリセカンドの範囲の中だったら、「ダヴィンチ」や「hinotori」みたいな遠隔手術装置が動くというなら、医療が変わるから。完全に、人の命を救えるようになるから。

そうすると、俺たちはネットワークエンジニアリングで貢献できる。それは世界を動かすことになるんだよ。こういう人と出会うことができるようになったから、2022年から先は、全部それが出てくるよ。

「このミカンを甘くしたいんだけど」とか、「ミカンを高い金で売りたいんだけど」ということと、なんとかこのおいしいワインを日本に届けたいという人が出会っていて、「未踏」のエンジニア同士が結婚してこれができたという話は、それに近いでしょうね。

インチキなやり方で正当なものを作る「超正統派」

田中:ありがとうございます。今のお話をおうかがいしながら、なにかをしたい人と、テクノロジーを持った人がつながっていくのは非常に重要なことなんだろうなと思いました。

あと、インチキだったとしても最初は動くし、それをいかに周りが応援できるか、否定しないかということが非常に重要なのかなと感じた次第です。

最後に1人ずつ、本当にショートにいきましょうか。じゃあ、登さんから。

:インチキなやり方をいろいろ工夫して、結果的に正当なものが出来上がるというやり方、最初から正当にはやらないという手が1つあるんじゃないかと思います。

それをこれから超正統派と呼ぼうと思っているんですけれども、超正統派のインチキネットワークの教祖である村井大先生と今日はお話しできて非常にうれしく思います。ありがとうございました。

田中:ありがとうございました。村井先生、いかがですか?

コロナ禍によって登氏の取り組みに対する理解の深化は加速した

村井:僕も登さんのことを言うと、この2年間コロナでいろいろなことをやっていて、何をやっていたのかなって思うと、だいたい登さんを表彰する委員会のト書き書いていてさ(笑)。

やはり、コロナになってSoftEther VPNのありがたみが、みんなに認識されたじゃない。これはすごいよね。つまり、出会いなんだよね。

俺たちの分野からすると、それこそ10年や20年かけてインターネットを使ってみたらどうですかと口説こうかと思っていたら、あっという間に、そういうことが20年前倒しされちゃった。ワークアットホームとか、圧縮された要求の盛り上がりが、やはりこのCOVIDの時にありました。

そこに、登さんがやってきたことがうまくパチンとはまっているから、登さんがやっていることに対する理解の深化も加速したと思うよね。

田中:そうですね。ありがとうございます。では時間になりましたので、以上といたします。ありがとうございました。

:ありがとうございました。

村井:どうもありがとうございました。

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